2013.05.21

Category:教員

「映画を探す場所」緒方 明(映画監督、日本映画大学教員 )

  

    振り返ってみると私はさまざまな人々に影響を受け映画の世界へと導かれてきた。
幼い頃によく一緒に映画を観た父親、兄。
深作欣二、岡本喜八、スピルバーグ、アルトマンといった敬愛する世界中の監督たち。そして師である石井聰亙(岳龍)さん。
そんな中の一人に映画評論家の淀川長冶さんがいる。
私が中学生だった頃淀川さんは映画解説者とすでにテレビで大活躍されていたが、ラジオで毎週月曜夜「淀川長冶のラジオ名画劇場」という番組をやっていた。
淀川さんの語りのみの60分。私は食い入るように聞いていた。
淀川さんの名調子にかかるとどんな映画も面白く「聞こえてくる」から不思議だ。それは私が始めて受けた「映画の授業」だったのだろう。

 映画学校で講師を始めた頃、淀川さんの事を思い出していた。
奇しくもかつて淀川さんは本校で授業をやっていた時もあったと聞いた。
もちろん私はあのような「至高の芸」とも言える語り口は持ち合わせてない。
それでも若い学生諸君になんとか「映画の面白さ」を伝えることは出来ないかと思い10年間映画学校で喋ってきた。
映画の作り方を学生に教えるのは本当に難しい。
いまだに試行錯誤の毎日だ。だが映画の魅力、魔力を伝えることは出来るのではないか。そう思ってやってきた。

 そんな話を本当に良心的で大好きな映画館、シネマテークたかさきの志尾支配人と飲みの席でしていたら「うちでもやってもらえませんか?」と、なってしまった。
そうして始まったのが「緒方明の映画塾」だ。
これは言ってみれば「映画の観方講座」。
3ヶ月に一度、作品を上映した後にその作品を分析して映画のポイント、面白がり方を映画監督目線で語るという内容。
これまでやった作品は『抵抗』『けんかえれじい』『ナッシュビル』『裏切りのサーカス』といったどれも一筋縄では読み解けないクセモノの作品ばかり。
最初は軽く考えていたのだが、始めてみたら意外に大変だということがわかった。
まず事前に作品を何度も観る。
DVDがある場合はいいが、ない時は劇場で何度もメモをとりながら観る。
原作がある場合は読む。シナリオを手に入れて読む。監督のほかの作品も観なおす。
時代背景や国情を調べる、などなど。学校での授業や撮影の合間をぬって「猛勉強」して高崎入りするのだ。時々「引き受けるんじゃなかった」と後悔するときもある。それでも映画を通じてお客さんと触れ合えて「ますます映画が好きになりました」と言われると本当に嬉しい。
それにこっちも勉強になるのだ。『抵抗』で哲人ブレッソンが後年のハリウッド映画のような移動ショットを撮っているのを発見したときは本当に驚いて鳥肌がたった。

 映画塾をやってわかったことがひとつある。
それは面白さとは一方的に教えるものではなく、探すもの、分かち合うものだということ。
ひょっとすると昔私がのめりこんで聞いて影響を受けたのは「淀川さんが語る映画」だけではなく「淀川さんの映画への愛」だったのかもしれない。 

 そしてこの4月、高崎映画祭のディレクターでもある志尾さんが今年の映画祭特別企画で『特集・緒方明の仕事』と題して私の全作品を上映してくれた。
なんという幸せ。そもそもレトロスペクティブなんてのは作品数の多い売れっ子監督ならともかく私のような寡作の監督は死後開かれるのが通例だろう。
生きているうちにこの特集上映が組まれたことに大感謝だ。
全作品ということで劇場公開作品のほかに、この10年間日本映画学校で授業の一環として学生諸君と共に作ってきた短編も上映した。
自分で言うのもなんだがこれが面白かった。
どれも未熟な学生俳優や学生スタッフと文字通り七転八倒しながら作ったものばかりで果たしてお客さんの観賞に耐えうるのかと不安だったのだが、なんとか「映画にしよう」という苦闘の跡が見事に刻まれていてそれこそその部分が「映画」なのだ。
なるほど私はこの10年間映画学校で学生に「映画を教える」という口実で「映画を探してきた」のだなと強く感じた。
お客さんの入りが心配だったのだが映画祭スタッフのご尽力のおかげで3日間の特集上映はほぼ満席。
全作品制覇した方や東京から観に来てくれたお客さんもいて実に幸福な3日間を高崎で過ごさせてもらった。

 今年の3月、最後の卒業生を送り出し「日本映画学校」はなくなった。
この4月からは私も「講師」から「教授」ということになった。正直なんだかこそばゆい気もする。
しかしこれからも私は学生に「教え授ける」のではなく学生から、映画から「教え授かる」のだと思う。
願わくはすべての映画を探し続ける者のために日本映画大学があればいいなと思う。そういう場所にしたい。
学生と教授、講師という立場をこえて誰もが映画を探す場所に。

(日本映画大学 教授)

                           

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