2005.06.20

Category:OB

「どんな辛いときでも」月野木隆(映画監督)

 

私の二作目となる映画「深紅」が今年の九月、東映系で公開されます。一作目の「白い犬とワルツを」が2002年春の公開でしたから、約三年半ぶりのことになります。

 

原作・脚本は小説家でもある野沢尚さんです。

 

野沢さんは昨年六月末、クランクイン一月程前に突然亡くなられました。当時、マスコミでも大きく取り上げられたのでご存知の方も多いかと思いますが、自ら命を絶たれました。野沢さんの多くの作品には「どんな辛いことがあっても、その人生を生きろ」というメッセージが込められていると思います。「深紅」もそうです。一家惨殺事件で生き残った長女と同じ歳の加害者の娘。その二人が出会い、絶望の淵から生きる希望を自ら見出す話です。

 

その野沢さんがどうして亡くなられたのか。

 

野沢さんとは亡くなられる十日ほど前、台本の最終的な打ち合わせを二人でしましたが、特に変わったところがある様には見受けられませんでした。打ち合わせ中、野沢さんは腕組みをしたまま口を一文字に結び、何分も沈思黙考することが少なくありません。でもそれは、初めてお会いしてから決定稿が出来るまでの一年半余り、何度も目にしているいつもの見慣れた姿です。三日後、約束の日には直された台本がきちんとメールで送られてもきました。

 

何故?私にはずっと分からないままですし、分かることはないと思います。それでも、一周忌を前に、つい考えてしまうのです。

 

「深紅」が完成して間もない今年の三月初め、日本映画学校卒業制作上映会に行きました。

 

その中の一本、「僕達はくり返していく」を見た時、ただ純粋に感動しました。静かな作品ながら「どんな辛いことがあっても、その人生を生きろ」というメッセージを私なりに強く感じたせいかも知れません。また、もうひとつの理由として、私が学校の実習指導で知り合った学生が撮影と照明を担当していたこともります。彼等の、内容と大変合致した画作りと感性に唸りました。その場で感想を伝えましたが、二人とも達成感と自信に満ちていました。私が三年間かけて一本の映画を作っている間に、彼等は多くのことを学び体験し、素晴らしい作品を作り上げたのですから当然でしょう。

 

約三十年前、私が横浜放送映画専門学院 (現日本映画学校)に在籍していた頃からすると想像できないハイレベルの作品が他にもありました。それぞれ「学生の映画」という枠では括ることのできない、あなどれない作品です。

 

彼等も卒業し現場に出れば、下積みからやらなければならないのが実情でしょう。ですが、あの感性を失うことなく、どんな辛い時でも、誇りと自信を持って活躍し続けてほしいと願わずにはいられません。

 

そして私もまた彼等に触発され、今企画中の作品を必ず撮りたいと改めて思うのです。

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