2006.06.19

Category:OB

「まずは、やってみよう」小堀陽太(テレビディレクター)

 

この数年のあいだ、日本中の港町と海を巡り、旬の魚を釣っては食べ続けていた。
漁師になったわけではない。

 

日本映画学校を卒業後、テレビ番組制作会社・えふぶんの壱に入社。
働き始めて2年目の春に、新しく放送が始まる釣り番組の担当スタッフに選ばれたためだ。
毎週、釣り好きの著名人が日本各地の釣り場を訪ね、その土地ならではの釣法を駆使して旬の魚を釣り上げるというこの番組。年間を通して制作が約束されるレギュラー枠なので、会社にとっては貴重な仕事だった。
「あ~、とりあえず、お前に任せるわ。」

 

ところが、担当プロデューサーは、何故か新米のアシスタント・ディレクターにすべてを託してしまった。特に釣りや魚が好きでもない私に、いったい何を任せるというのだ。
ディレクターとともにロケハンやロケ、編集をこなすだけでも大変なのに、その間隙を縫って、月に一度の提案会議に向けて企画を捻出しなければならない。

 

釣りを嗜む著名人をどのように探し出すか、どうやら魚ごとによく釣れる時期があるらしい、釣り場の良し悪しはどうやって見極めるのか、次から次へと疑問が湧き出てくる。
貧弱な頭で悩んでみたものの、大したアイディアは浮かばない。
釣りの知識が皆無に等しく時間に余裕も無いため、想い付くことを片っ端から試してみることにした。
まずは、実際に釣りをしたら何か閃くかもしれないと相模湾に釣行したが、そこで得たものは食い切れないほどの新鮮なアジだけだった。

 

タレント名鑑を購入し、一人一人の趣味欄を丹念に辿ると、意外と釣り好きが多いことに勇気付けられたりもした。
お目当てのタレントに出演を断られた挙句、暇で仕方がない芸人のスケジュールを押し付けられそう
になったこともある。
東北のとある釣り船屋に取材を申し込んだが、方言がきつすぎてコミュニケーション不全に陥った。
50万円のギャランティをいきなり20万円まで値切り、マネージャーを唖然とさせたりもした。
世間知らずの無我夢中だった。

 

がむしゃらに拙い企画を連発しながら、ひたすら日本中の釣り場を巡る日々。
精神的にも肉体的にもしんどい作業だったが、残ったのは日焼けの跡だけではなかった。
知らず知らずのうちに様々な技術や知識が身に付いていることに、最近になって気付いたのである。
あれこれ悩む時間があるのなら、思い切って動いてみたほうが良い。
夢中になって体を動かし、実地で学んだ知識や経験は必ず自分を現場で助けてくれる。
今振り返ると顔が赤くなるような失敗を繰り返してきた私が、こうしてディレクターを務めていることが、何よりの証拠である。

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