2006.12.25

Category:学生

「横濱学生映画祭/日中韓映画学生たちの共同制作ドキュメンタリーに参加して」相子 奈菜(撮影・照明コース2年)

 

8月上旬の真夏の暑い中、7日間に渡り日中韓の映画学校生による初の三国共同のドキュメンタリー制作に参加した。
今回は、第一回のプロジェクトとして中国電影学院から3人と韓国フィルムアカデミーから3人の生徒を日本の招き、中国チームと韓国チームに別れそれぞれ30分のドキュメンタリー映画の撮影に挑んだ。日本映画学校からは、5人の生徒がチームのサポート役としてそれぞれのチームに加わった。

 

私は、中国チームのサポートをすることになった。最初の夜、軽い歓迎会が催され3人と軽い会話を交わした。皆とてもいい人達で、向こうから話かけてくれたので、私はとりあえずホッと胸をなでおろした。

 

違う国からきた、同じ夢を目指す人々。共通点は、同じ夢を目指しているという事だけだった。朝早く起きて、横浜に向かい終電で帰る生活。横浜の町を歩き続ける毎日だった。横浜を代表する観光名所を歩いたり、古くからある商店街で日常を切り取ったり。
そんな日々の中で、私たちは国境を越えてお互いのことをさらけ出し仲良くなっていった。お互いの国の映画製作での環境や手順の違い、学校での勉強方法の違い、文化の違い、言葉の違い、それからお互いの話。それは、全てが新鮮で興味深い話だった。

 

ある夜、中国に電話をしたいという2人に付き合い夜の横浜の街にテレホンカードを探しに出た。まず、近くのコンビニに行きテレホンカードがあるか尋ねると、そのコンビニの店員は中国人だった。そこに、目的のモノは売っておらず他の店を紹介されて行ってみると、そこでも働いていたのは中国人だった。私は通訳としてついていったのだけど、途中から私の役目は最初に相手が中国人かどうか確認することのみになっていた。こんなにも深夜の横浜に中国の人が多いとは思わなかったので、正直驚いた。それは、私だけではなく他の2人も同様であった。

 

そんなこんなで、私たちは無事に一週間の撮影期間を終了した。
その夜、野毛で横濱学生映画祭の打ち上げが行われた。打ち上げが終わり、私はみんなが泊まっている宿舎に戻り五十嵐さんと4人で、朝まで語りあった。私にとっては、一週間の中で一番楽しい時間だった。

 

なんだかんだで、結構大変な撮影が終わりその翌日おみやげを買いたいという2人と一緒に銀座と下北沢を一日中歩き回った。前日までの疲れも溜まっていて、歩き回るのはかなり疲れたが、その一日で二人との距離がだいぶ近くなった気がした。

 

もう、夜も遅くなってから横浜の宿舎に戻り、二人との別れの時が来た。出会ってから、たった一週間しか経っていなかったのに最後には何だか、ずっと前から二人と知り合いだったような気がして、別れがとても寂しかった。だが来月の上映会での再会を約束し、私は家路についた。
今回の撮影は、ここに書ききれないエピソードが本当にたくさんある。辛いこと、苦しいこと、それに喜びや笑顔も。この一週間に多くの体験や出会いをした。
今終わってみて、このプロジェクトに参加出来たことを心から感謝しています。

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