2007.10.29
Category:OB
友人の友人が失踪した、と聞いた。まるで真っ白な霧の中に立たされているみたいで、どこで何が起こり、誰が何をしているか、まるでわからない。いなくなった人はたいへん面白い人だったらしい。
濃い味のステーキの残り香がTシャツにとどまっていた。家に着くとそれを脱ぎ、シャワーを浴びた。洗った肌は音を吸収したがるけれど、クラシックロックばかりをかけるラジオ番組は先月で打ち切りになってしまった。今は静かに虫の声でも聞くしかない。帰り道のコンビニで買ったカレーパンを食べ、胃の中の先客にぶつけた。
するとやはり、缶ビールで味を薄めたくなってしまった。結局衝動に従ったけれど、それがなんになろう。ビールをつけなければ、二百七十円はコンビニで払わなくてよかった。
みんながみんな、金のことを考えて歩いている。それが今日の渋谷のスクランブル交差点である。早くに家に帰ってきてよかった。いつまでもあの道にいては、身体が金臭くなっていたところだった。
金臭くなってしまったらシャワーではその匂いは落ちない。ステーキやカレーパンやビールの匂いでもごまかせない。消すには、海に入るしかないのだ。夏も終わったというのに、海パンだけで冷たくなってきた海水にザブンと入り、波にうまく乗らなくてはならない。海と空気を上手に切って初めて、金の匂いは身体から落ちるのである。
夜が明けると、強い南風が吹いていた。海からの風だ。今日の波は面が乱れに乱れ、ひどく乗りにくいだろう。しかも、もう二ヶ月は海に入っていない。溺れるかもしれない。けれど、海に溺れるのは恋に溺れるよりはよっぽどマシかもしれない。あるいは、スカした映画に溺れるぐらいなら、海や恋に溺れた方が良いのかもしれない。
上りの電車に乗るのが罪なような気がしてきた。
「海へ向かいなさい。海へ向かいなさい」南風が、頭の上からそんな声をかけてきた。スカした映画の登場人物みたいなしゃべり方だ。「新宿、恵比寿、銀座、上野、池袋……、そんなところに行くなんてナンセンスですよ」
すると逆に、どうしても今すぐに上りの電車に乗るべきなのではないか、という焦燥感がわいてきた。そうして、気付くとなんだか恋をしたい気分になっていた。
それは全て、南風のせいである。
「頭の中が妙な色に染まってしまった、君が余計な声をかけるから」
「それを言うなら」と南風の方では心外だという顔をして、「あなたが恋をしたい気分になってしまったのは全部、お金のことばかり考えて街を歩いている多くの人たちのせいですよ。彼らがあなたを恋の路地に誘い込もうとし、それを進んでいくと、お金というマンションに突きあたるようになっているんです」
もっともかもしれない。彼らのせいで好きだったラジオ番組も終わってしまったらしいのだからな。そう思ってみると、南風の言うことに間違いなど何一つ見つからなかった。あの人はなんでも正しいことを言う。しかし、いつなんどきも正しいことしか言わない人というのは、はたして面白い人と言えるだろうか。南風は、いなくなった友人の友人ではない。
(日本映画学校 映像科14期生)