2011.02.22

Category:OB

「イチトレの神様?」江口隼人(俳優)

 

新百合の映画学校は傾斜に建っているから、受付や教務課がある正面玄関は建物の2Fにある。
そこから階段を下り1Fに行くと、フロアの大部分を 占める「トレーニングルーム」という陽のあたらない部屋があった。
今から15年前、入学式を終えた僕は、同期の俳優科の面々とともにこの部屋に入れられ、これから3年間僕らをモノづくりとしてしごきあげる講師 陣と初めて対面した。

 

とかく、俳優科の連中にとって、このトレーニングルームへの思いは深い。なにしろ、朝はここでダンスのレッスンをして、昼はひたすらに芝居の稽 古。
放課後は仲間と駄弁っていたり、発表会の前などはダンスの振り付けのおさらいや芝居のセリフを入れるのに使っている奴もいた。
そして、一学期 をつぎ込んで作った演技実習の発表会になれば、客席や舞台をこしらえて、立派な劇場になるのだ。
確か僕が二年生になる頃に、3Fと4Fにトレーニングルームが建て増しされ、階を区別するために、とくに「1Fトレーニングルーム」=「イチトレ」と僕らは呼び始めた。期待や不安、挫折や葛藤、芝居の面白さも厳しさも、すべてを思い知らされた場所が、思い出せば全てあのイチトレだったよ うな気がする。

 

話は現在に移るが、この春、あるきっかけから、久留米という町に私設の小さな「劇場」兼「稽古場」をこしらえる話が持ち上がり、その設計やら運 用企画やら一切合切を僕に任されている。
元はフィリピンパブかなんかが入っていたフロアをリフォームし、50人程度の客席を持つライブハウスのよ うな劇場を作る予定だ。
使い勝手を考え、稽古から本番までどんなことにも対応できる施設をイメージした時、僕の頭に浮かんだのは、新百合の映画学校のあの「イチトレ」 だった。
普段はフラットなスペースで稽古場として使い、演目に応じて照明をつり変え、客席数や舞台の形を作り上げるスペースだ。

 

そういえば、ある時期の俳優科の連中には馴染みがあるのだが、「イチトレ」に舞台セット用の大きな机と椅子のセットがあった。
分割して使えるので大きさを変えることもできるし、骨組みがしっかりしていたから、普通の机と違い、役者が上に乗っかってステージとして使うこ ともできた。また、乗れるだけなら「箱」でも事足りるのだが、この机は天板の下に椅子を収納できるから、狭い「イチトレ」に舞台美術を造形する上 でとても重宝した。

 

「ナニワ金融道」では帝国三銃士が乗っかって啖呵を切っていたな。「神露渕村夜叉伝」では、村長が出征する息子を見送り敬礼をしていたっけ。
男冬村村会議事録では、まだ一年坊だったあいつがひと筋の涙を一発本番で流して見せて、悔しいけど溜め息もんだったな。

 

なにしろ使い勝手がよかったから、ぜひ新しい劇場にもあれと同じものをこしらえようと考えた。
ところが、具体的な寸法が知りたくて、よく学校に出入りしていた3daysの晶さんにメールで相談してみたら、さすがに使い込んで、数年前にあ の机は廃棄されたと聞いた。
まあ、あれだけ役者が乗っかって暴れまわったんだから、立派な御役御免の勇退だっただろう。
寸法は自分で思い出して劇 場に合わせて作るしかないな。

 

このコラムには2度目の登場なので、なにを書こうか考えた挙句、少し昔話になってしまったが、あの頃の芝居の「原点」は確実に僕の創作の中に根付き、そして今、新しい劇場にその息吹を生み出そうとしている。
映画学校は大学になり、俳優科はなくなると聞いた。
「新百合キャンパス」において「イチトレ」がどういう位置を占めていくのかは、遠い九州にいる僕にはよくわからないが、新しい学校が、新しい創造者たちにとって「原点」になる思い出の場所になってほしいと切望する。

 

(日本映画学校 俳優科11期生)

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