2011.11.01

Category:学生

「本音と嘘」田村麻衣 (日本映画大学 1年)

 

今年の春に機会があり、母校の部活動の様子を観に行きました。
私は中学高校でバレーボール部だったのです。
おお。ピッチピチの中学生、若いなあ?とボールを追う姿を見て当時の自身と重ねました。
バカで純粋で生真面目で。
軽薄で。

 

現役時代は部活の本当の良さを理解できていませんでした。
ただ、辛い練習があって試合があって日々が過ぎてゆく。
常に切羽詰まった状態でいたため、自分のことなど考える余裕はありませんでした。

 

時を経て、気持ちが落ち着いてきたころ。
それが今年の春。
押入れの奥に封印していた当時の練習着を引っ張りだしたのです。

 

実は。
中学から5年間続けたバレーボールを高校で辞めました。
いざバレーボールで花咲せるぞ! と
初々しい夢を抱いて高校入学を決断した記憶があります。
実業団選手だった母の背中を追って。
目指せ春高!とかね。
通学に1時間半かかるのにね。

 

高校に入ってからはバレーボール漬けでした。
文武両道を建前に、実際は学業を半ば放棄気味で特進から文理コースに移り、
大学受験も捨てる勢いでひたすら部活に打ち込んでいました。
同級生の部員はジュニア経験者ばかりで実力もあり、実を言うと私は
ドベ的立場にあったのです。
よくもまあヌケヌケと強豪校に入ってきたなあと。
下手くその代名詞でした。
けれども、這い上がってレギュラーで試合に出るまでに相当な血の滲む努力をしました。
打ち込みとかウエイトトレーニングで皮膚と爪が剥がれちゃったり。
膝は年中アザだらけだし。
骨盤の骨は砕けるわ。
冬場は手に赤切れ。
両足首は捻挫癖ついちゃうわ。
ミスして顧問からビンタラッシュくらうわ。
下手くそなだけに身体につくる傷は尋常じゃないほどあったものです。

 

苦痛に比例して確実に上達してゆく達成感がありました。
そしてチームの信頼も少しずつ得て、やっと居場所が見つかった。

 

かと思った。

 

気を抜いて天狗になってしまった。
かつての親友を、私の軽率な言葉で傷つけてしまった。
色々あって2年の秋。
丁度このコラムを書いている時期に退部しました。

 

人間関係だ。怪我だ。チームカラーが自分に合ってないだの執拗な被害妄想を抱いて。
自身を慰める為あらゆる人間に、ねえ、私って可哀想でしょ? と
悲劇のヒロインを演じちゃって。
今思うと、あまりの愚かさに赤面してしまうわ。
加えてプライドが高いゆえに、辞めて正解だった。私はスポーツより芸術だとか。
しょせん高校の部活だし今は大学受験が優先だとか自己正当化して自身の非を
断じて認めませんでした。

 

才能を信じたかった。
私の力はこんなもんじゃあないって。
だから「できない」を「合ってない」せいにしてしまった。
ろくな結果も出してないくせに、才能の存在ばかりを求めてしまったのです。

 

とんだ卑怯で無能でカスで。
辞めたことでチームを困らせ、多くの人を私のエゴに巻き込んだ。
大切な人までも、傷つけた。
報復を受けて当たり前で。
学校生活でも浮いた存在になって。
自分を責めて戒めて。
限界を痛感して自分の小ささを知って。
夢の崩壊の先には挫折が待ってました。

 

それまで築き上げてきた周りの信頼を、親の期待を、自身の努力を、バレーボールを、
全てを裏切って、何もかも失って。
本当に何もなくなった。
すっからかんになった。
自分に、他者に嘘を吐いてきた結果がこれです。
辛い挫折のなか、頼るあて無く、自分すら信じられないで。
ただ身体だけあるような、そんなモヌケの殻の状態でした。

 

無気力が拍車をかけて生きるのすら億劫になり、逃れようとしました。
縄を手に。
まさに寸前で正気に戻されて、今こうやって生きているわけです。
腰が抜けてどっと感情が溢れて泣き崩れた。
どん底に手をさしのべてくれた時の、あの、人の温もりが。
やっぱり人間一人じゃ生きていけないなあと実感させられました。

 

先月あたりに中学時代のバレーボール部OGで久しぶりに会って食事した時のこと。
そこには特別な絆のようなものがありました。
辛かった練習を笑いながら語り合って、当時のあだ名で呼んだり。
たった7人。
いちゃいちゃしたり、バカ騒ぎしたり、津軽海峡冬景色歌ったり、時には逆鱗に
触れて喧嘩できるのも、バレーボールがあったからです。
遊び友達より会う頻度は少ないものの、一緒に過ごした時間は彼女たちの方が
遥かに長い。

 

彼女たちは私にとって特別なのです。
また、高校時代の部員たちや級友も今に至る大切な友人です。
失ったからこそ、彼女たちの重さに気づくことができた。
そうでなかったら今も同じことを繰り返していました。

 

そして彼女たちもまた辛い困難を乗り越えてきているので、男顔負けに逞しいです。
こんなこと書いたら怒られちゃうかな~。
今は女子力アップに磨きをかけていて、みんな綺麗ですよ。
そして、今でもバレーボールは大好きです。
平手打ちされて鼻血出してもバレーボールが大好きです。
辞めてしまったのは事実ですが、それでタフな心に鍛え上げられたのも事実です。

 

仲間は必ずしも楽しさを与えてくれるわけじゃあないのです。
互いの考えが交錯し合って縺れ合って、時には恐怖や怒りの対象にすらなりえます。
それでも、同じ辛さを共有した仲間とは深く深く繋がるものです。

 

集団で何か一つの物事を遂げるということは。
容易にできやしないんだ。

 

だから、考える。

 

だから、苦しむ。

 

だから、楽しい。

 

そんなもんです。
今は実習の最中だからねー。
それに関したことを書こうと思って。
映画も集団で成せる業だから。
そんな感じです。
大人ぶったところで、まだ大学生でしょう。
格好つけるなんて無用です。
なにも社交辞令が大人って訳じゃない。
大人も子供もくそもありゃあしないのです。
かっこわるくたっていいんじゃないの。

 

現段階での私の考え。
だから、この記事が残っちゃうことがいかんせん恥ずかしい。
でも、日記なり映画なり、その時生きていた証が残るのは良いことです。
忘れることは何のプラスにもなりゃしません。

 

だからと言って、人の考えなんて不変もあれば変化もします。
自分や他人が「こんな人間だ」という一方的な固定観念を容易に抱くのはちと違う。
もっと柔軟に生きようよ。
その上で核となる芯があれば、よりいっそう、なんか鉛筆みたいだね。
4Bあたりが、芯が柔らかくて濃いし、丁度いいんじゃないの。
そんな感じです。

 

(日本映画大学 映画学部 1期生)

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