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2012.11.2

東京国際映画祭で来日した映画人たちの特別講義が行われました

受講生レポート 海外からゲスト講師を迎えて

『世界を舞台に活躍する映画人が私たちに残したもの』

10月25、26日の二日間、本学は海外からゲスト講師を迎えた。25日は今年の東京国際映画祭審査員長を務めるロジャー・コーマンの公私に渡るパートナーであり、ご本人も多数のプロデュース作を持つジュリー・コーマン氏。26日はインドネシア映画界を牽引し、東京国際映画祭に最多3本の作品を出品しているリリ・リザ監督。そして、リリ・リザ作品のプロデューサー、ミラ・レスマナ氏の両氏である。

ジュリー・コーマン氏による講義内容はマーティン・スコセッシの実質的処女作であり、コーマン氏自身が初めて制作に関わった『明日に処刑を・・・』(1972)にまつわる体験談、今後の映画産業の展望、学生・講師からのQ&A等多岐に渡った。

その中で「デジタル化の波が止まらない現在、フィルム上映についてどのように考えているか」というある教員の問に対し「喪に服すしかない」というコーマン氏の一言はフィルムでの撮影実習を看板に掲げる本学にとって実に皮肉の効いた回答であった。(もちろん本人はそのことを知る由もない)

ジュリー・コーマン氏

ジュリー・コーマン1

 

翌日のリリ・リザ氏、ミラ・レスマナ氏の講義は20年前に撮られたリザ監督の卒業制作『メリーゴーランド』の上映から始まっ た。詩的な映像美と生き生きと描かれた子どもたちの姿が印象的な作品であった。(感銘を受けた筆者は東京国際映画祭で上映されたリリ・リザ監督作、3本す べてを鑑賞することになる)上映に続き、ゲストのお二人と石坂教授とのトークセッションが行われ、最後に学生からのQ&Aで締められた。

Q&A では「(『メリーゴーランド』は)最小限の台詞によって作られていたが、映画における台詞の役割をどのように考えているか」という問に「台詞だけが映画言 語ではない。メリーゴーランドが回転する音などあらゆる“サウンド”が映画言語になりうる」と答えるなど監督が持つ映画観が垣間見えるやり取りがあった。

ジュリー・コーマン2

 

二日間の特別講義を通して、多くの気づきや発見があったが、その内の二つを記しこのレポートを終えたいと思う。

一 つは、三名のゲストそれぞれが映画に対してテーマ、問題意識を持っているということ。例えばコーマン氏の「喪に服す」という回答。これは単なるフィルム軽 視ではなく、デジタル上映を推進する大手の映画会社に抗うことはもはや不可能であり、むしろ現実を受け止め自分たちはこの状況で何をすべきか、という問題 に対する答えであるとも受け取れる。低予算映画で商業的成功を収め続けてきた人ならではの答えだ。
 

リリ・リザ氏、ミラ・レスマナ氏

東京国際講義3


もう一つは、映画によって世界がつなが る ことができるということである。これは、佐藤学長の教えそのままだが、今回身を持ってそれが体験できた。リリ・リザ監督の『メリーゴーランド』が制作され た時、20年後日本で上映されることを予期していた人がいただろうか。およそ10分の短編映画の中に心を動かす何かがあったからこそ、時を越え、海を越え 私たちが目にすることができたのだろう。
この二つはともに映画への情熱に裏打ちされたものであり、今回の講義はその情熱を持っているか、受講生一人ひとりが問われる内容であったように思う。


2年/理論Aコース
三澤拓哉

東京国際講義4

東京国際講義5

東京国際講義6

東京国際講義7

1年生記念撮影

東京国際講義8

2年生記念撮影