2005.05.30

Category:講師

「僕と卒業生の殺人事件巡り」池端俊策(脚本家)

 

僕は現在、フジテレビの脚本(冬放送予定)を書こうとしています。

内容は、誘拐殺人で死刑判決を受けた男の無実を証明しようとする弁護士の話です。
3月以来このドラマを書く為に、舞台になる河口湖周辺を歩いたり、東京高等裁判所の公判を見たり、弁護士に会ったりしています。
こういう取材には演出家とプロデューサーが同行しますが、演出家はとても忙しい人なのでプロデューサーと2人で歩くこともあります。
このプロデューサーなのですが、実は日本映画学校の17年前の卒業生で、Tさんという女性なのです。
Tさんは学生の頃は僕と全く接点の無い編集ゼミの生徒さんだった為、顔も名前も知りませんでした。
ところが、今度の作品をやることになって初めて演出家から紹介され、いきなり「私は、学生の時、池端さんにTBSのスタジオ見学に連れていってもらったことがあります」とにこやかに切り出されてびっくりしました。10年以上前に20名ぐらいの学生とTBSの緑山スタジオへ1度だけ行った記憶がかすかにありました。横で聞いていた演出家が「師弟再会というわけですな」とニヤニヤ笑いました。
撮影場所やテレビ局で卒業生に会うのはしょっちゅうですが、自分の仕事にプロデューサーとしてついてもらうのは初めての経験で、「まずい脚本を書いたら叱られそうだなあ。こいつは参った」というのが正直な気持ちでした。

 

そのTさんと、ここのところ何度か高等裁判所に通っています。

公判中に弁護士と検事がどういうやりとりをするのか、裁判官がどういう発言をするのか証人が何処から出入りするのか傍聴席で見るのです。どんな事件でも、地裁で詳細な審議をしていますから、それをくつがえす材料(証拠)が無い限り審議は実に簡単で1回目の公判が30分で終り、2回目で判決(これも30分ぐらい)というのはザラです。

 

意外なのは、1部の大事件を除き傍聴席にほとんど人がいないということです。或る事件(これは息子が父を刺した事件)では、傍聴席には我々しかいませんでした。我々が入って行くと、弁護士と検事がジロジロこちらを見、″なにしに来たのだ?�という怪訝そうな顔をしました。裁判官も一瞬不思議そうに見ます。さすがに被告人はこちらを見ませんでしたが、情状酌量の余地の無い出来の悪い息子を、弁護士がくどくどとピント外れに弁護するのを10分も聴いていると、何故誰も傍聴しないのかよく分かったりして、退屈だからもう出ようかなーとTさんに目で合図したりするのですが、わが卒業生は「我慢しなさい!」と目で一喝して最後まで傍聴させられるわけです。そういうつまらない公判の後は、裁判所の地下の食堂でTさんにラーメンをおごってもらいながら「あんな事件、参考にならないよ」とさんざん愚痴を言います。こういう時、脚本家は実にわがままな人種なのです。Tさんは百も承知という顔で「じゃあ次はこの殺人事件に行ってみますか」と別口のやっかいそうな事件を探してくれます。それで僕は再び元気を出してその公判が始まる法廷に走るといった調子で、1日中裁判のハシゴをやります。

 

高裁では終日様々な事件を審議しています。ここはまさに人生の裏面の縮図で、その意味で、物語の宝庫と言えます。しかも誰でもすぐ入れるのです。脚本の勉強をしている人には絶対お勧めのスポットです。

さて、今日も携帯電話にTさんの元気な声が飛び込んできました。「来週、面白そうな殺人事件があります。見に行きます?」
人がこの会話を聞いたらなんと思うでしょうか。
僕と卒業生の殺人事件巡りはまだまだ終わりそうにありません。

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