2006.04.10

Category:OB

「待て!しかして期待せよ」神永学(作家)

 

日本映画学校を卒業した後、私は生活のためと割り切り、会社勤めを続けながら、空いた時間を見つけてはせっせとシナリオやら小説やらを書き、賞に応募するという生活を送っていた。
しかし、いくら必死になって頑張ろうとも、まるで芽が出なかった。良いとこ最終選考落選。それでも、あきらめずに睡眠時間を削って、人目に触れずに埋もれていく作品を書き続けた。

 

そんな生活が十年続き、さすがにそろそろ潮時かな?と思っていた時に事件は起きた。
いつものように満員電車に揺られて出勤し、あくせく仕事に追われている時に、一本の電話がかかってきた。出版社の編集担当を名乗る人物からで「仕事が終わったら、出版社に顔を出せ」と一方的に告げると、電話を切ってしまった。
確かにその出版社には原稿を送っていた。しかし、いきなり呼び出されるとは何事だ?不安を抱えながら会社帰りに出版社に立ち寄ると、電話をしてきた人物が待ち構えていた。
会議室で顔を合わせるなり、その人物はいきなりとんでもないことを口走った。
「お前を売り出そうと思っている。ただ、今の状態では、全然話にならないから、原稿を書き直してもらうことになる。期限は一週間。できるか?」
そんな無茶苦茶な。私は泣きそうになった。会社員として勤務しながら、一週間で原稿を書き上げるなんて、いくら何でも無理がある。しかし、心の中で、もう一人の自分が囁いた。「これがラストチャンスだぞ」と…。
「やります!!やらせて下さい!!」
勢いにまかせ声高らかに叫んだ私は、翌日、退職願いを提出して、安定した生活を捨て、ギャンブルに近い最後のチャンスに賭けた。

 

それから一年半…。
あまり記憶がない。気がついたら、5冊の単行本を出版し、季刊誌の連載を抱え、ドラマ化が決まっていた。
今になって、思い起こす言葉がある。それは、フランスの文豪アレサンドル・デュマが「岩窟王」の中に書かれた一文である。
「人間の慧智はすべて次の言葉に尽きることをお忘れにならずに。待て!しかして期待せよ!」

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