2007.12.10

Category:OB

「人の姿が見えない映画」棚沢努(プロデューサー/ディレクター)

 

突然ですが、いま一本の映画を自主配給でプロデュースしています。
タイトルは『眠り姫』。公開情報など詳しくはホームページをご覧ください。

 

この映画、全編にわたって人がほとんど画面に写らない、というかなり特異な作品なのですが、
僕はかつてこれほど“人の孤独な心”の深淵まで深く下りていける映画を観たことがありません。
物語を追いながらも、気がつくといつしかそこに自分自身の心象風景を見ている、という
なんともおそろしい作品でもあり、この映画を観る行為それ自体が、自分の無意識の闇の奥へと
入っていくような感覚さえあります。(脳内世界ゆえの時制や場所のつながりを無視した、不条理な、
しかし濃厚な感情のドラマ、という意味ではデビッド・リンチの最近の映画の構造にすこし似ているかもしれません)

 

原作は山本直樹さんの同名漫画ですが、その原案は、かの内田百閒の「山高帽子」という奇妙な短編小説。
「ただぼんやりとした不安」と書き遺し、その最期にドッペルゲンガーを見ていたという芥川龍之介の自殺がモチーフになっています。

 

この特殊な映画のプロデュースを思いたった動機をいま考えてみると、
それは、まさに自分が日本映画学校に通っていたおよそ15年前頃の個人的な思いまでさかのぼります。
その頃、僕は躁鬱が激しく、この映画の主人公(女性ですが)と同じように、ひとりでアパートにこもって寝ていることが多かった。
そして、いつもひどく離人症的な狂気を心の奥にかかえていたような気がします。
(たぶんまわりの人にもたくさんの迷惑や心配をかけたし(苦笑)、精神的に不安定だった… ) 
だからこそ、この映画の主人公の感情の流れは、涙が出るほどによくわかるのです。
あれから約15年、僕はまあなんとか生きのびてはいるようですが、むしろいまの時代だからこそ、この映画を
映画館のスクリーンで上映することに、どこか精神療法的な見地からの意義、あるいは使命感のようなものを感じたのかもしれません。

 

離人症という症状。
とあるネット上に次のような説明があり、少し長くなりますが抜粋します。

 

「離人症とは、一言で言えば、自分が何に対しても親しみを感じられない病気である。
さらに言えば、自分がガラスかぶ厚い氷の中に閉じ込められているように感じ、また、自分を取り巻く一切の人間や
事物に対して、その存在感が極めて希薄(=だから映画では人の姿が見えていない?)にしか感じられず、
すべてが空虚に感じられる病気である。
いや感じられるというよりも、この「感じ」というものが沸かない病気である。感じというものがわからない。
親睦感や喜び、怒り、愛情、いわゆる喜怒哀楽というものがない心の状態で、ただその状態にいる「辛さ」だけがある病気。
本人は非常に苦しい。人間関係を持つことができない。対人恐怖になる。
現代は、離人症という病気は大変多いのではないかと思う。
この離人症にかかる人は、実は本当は、とても愛情が深く、繊細で傷つき易い人々なのではないだろうか。
その自分の心があんまりにも傷つきやすいので、自分の心に分厚いバリヤをかけてしまい、それが分厚くなり過ぎて、
何に対しても親しみ感や存在感を感じられなくなってしまうのだと思う。
自分自身がいつも宙に浮いているような感じで、とにかく「孤独」なのである。
しかし、その内部の中心には、本人も気づかない様々な情念がうずまいていて、
それが半熟卵のように、グチュグチュとくすぶっているような心理状態」
なのだそうである。

 

映画『眠り姫』は、僕とまったく同年齢の監督が、企画から4年、撮影は冬の光の移ろいを狙い続けて、
実に足掛け2年の歳月をかけて自主製作でつくりあげた映画です。
(その精神は、ペドロ・コスタのような映像作家と通じるものがあるかもしれない… と言ったらきっと監督は喜ぶでしょう)
村上春樹とも親交の篤い柴田元幸氏(東京大学教授、翻訳家)は、この映画を
“いま・ここが揺らぐ映画”と言い、非常に高く評価してくださいました。
コラムというにはずいぶん長い文章になってしまいましたが、これを読んで興味をもった方はぜひ映画館まで観にきてください。
内田百けん「山高帽子」の時代も、それを原案に山本直樹さんが漫画 「眠り姫」を書いた時代も、
いつの世も常にこのような「狂気」と「喪失感」を心にかかえながら、それでも飄々と時代を生きていく人たちがいる。
そのような物語の核を、人の姿が見えないという大胆な手法で見事に映像化したこの映画の存在は、
いまのこの同時代を生きるある種の人々にとって、ひとつの救いにもなりうる、
と思うのです。

 

(日本映画学校 映像科5期生)

 

>> 映画「眠り姫」オフィシャルサイト

ページトップへ