2007.03.12

Category:OB

「カッとなって書け!!」大池将仁(テレビディレクター)

 

「新しいハナシが書きたい」と酔った勢いで大風呂敷を広げてみたが、悠然と杯を重ねる会社のプロデューサーは見逃してくれなかった。「オマエは書かないことを正当化しようとしてるだけだ」。図星をつかれて馬刺しが箸から落ちた。もう長いことシナリオを書けずに、テレビ勤めで食いつないでいる。映画学校時代に書いたシナリオの稚拙さが忘れられず、臆病風に吹かれたままだ。

 

報道局は政治や事件、宗教や天変地異で息苦しい。画面では戦争好きな大統領や失言大臣、経済学者、教育委員会などの福耳連中が大行進。ナスやカボチャのほうがまだマシだと自分の貧相な耳たぶを触ってみる。ヤツらの言動を字幕にしてお伝えするのがオシゴトだ。字幕スーパーの寿命は長くて10秒、短いヤツは2,3秒。まったく諸行無常の響きもありゃしない。昨日の酒がたまらずに一口出てきて便所に駆け込む。秒単位の青春がシナリオの血となり肉となるのを信じ、二日酔いの判官びいきは鼻をつまんでナスやカボチャを飲み込んでみる。
ニュースは次々とやってきて、やっと身の丈にあったと思ったら尊属殺人だ。殺人者は語る、「カッとなってやった」と。情熱の矛先を間違えた短絡的な叫びがやけに胸にしみる。オレ、最後にカッとなったのはいつだろう?

 

気がつくと20代は終わっていた。ボブ・ディランにあこがれてミュージシャンを目指したがリズム感のなさに絶望し、陶芸家に弟子入りするも、宗教に勧誘されて3日で下山した。新橋のホテルでサラリーマン相手に日本酒をひたすら運んだ。店長に顔が怖いと言われ、泣きながら笑った。何もかも中途半端に諦め続けたが、トンネルの中に映画がいた。

 

ホントにトンネルは真っ暗だ。慣れるまいと新しいマッチを持ち、30代に向かって擦ってみる。芯がシケっていたら今度こそオダブツだ。お題目を唱えながら映画という人魚を探す。手探りで抱きついてみるが、人魚はスルリと逃げていく。人魚は言う。「アンタみたいな意気地なし、タイプじゃないの」と。でも、やっぱり人魚を諦めきれない。捕まえて、大海原で脈打つサオをオッ立てたい。だったら服を脱ぎ捨ててふんどし一丁になれ。それでカッとなって書け!!バカ。

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