2007.08.13

Category:OB

「未完なのかミカンなのか」河原涼太郎(演出補)

 

真夜中に僕は走っている。 特に意味は無い。 確かに「急げ」と言われはしたが、もう10日も家に帰ってないし、毎日2時間も寝てないし、その「急げ」の理由が「なんか色取り鮮やかで、だけどカロリーが少ない食べ物を買ってこい」と言う全く持って意味のわからない理由だったりするからだ。
だから急がない。 だけど、急に走りたくなったから僕は赤坂通りを酔っ払いを交わしながら走ってる。

 

映画学校を卒業して、すぐにワイドショーのADになった。昨日、起きた事を今日の朝に伝え、今日起きた事を明日、伝える。
伝えるのは「情報」。事件から芸能、美味しい店から東北の祭りまで何でもござれだ。
流れた映像は一瞬にして風化する。 それは作る前からわかってる。
だけど、作っている側は、少ない時間で構成を練り、短時間でロケをし、僅かな時間で編集をする。
みんな目ぇ真っ赤。 目ぇ真っ赤で僕らはCM30秒の間に、いかに効率よくスタジオにカレー7種類を並べるか考える。

 

ワイドショーは2年間やった。 樹海でガイコツを見つけるロケで、本当に自分が迷子になり、ガイコツになりそこねた。
東北の婿投げ祭りでは、その年に、その村から出た新婚の夫と共に雪山から勢いよく投げられた。 夏には綺麗な花火を撮るために人の家のベランダを借りて撮影した。

 

その後、1年間、2時間ドラマの助監督やVシネの助監督をやった。
最初のドラマではカチンコを連続で叩き忘れ、チーフ助監督から飛び蹴りを頂いた。
いろんな人に怒鳴られた。 迷惑ばかりかけた僕に主演の和久井絵美さんは、100点の笑顔で「頑張ってください」と言ってくれた。 軽く泣きそうだった。 そして、今でも、その時のチーフ助監督からは仕事の話をたびたび貰っている。
Vシネのエロい作品では、オッパイを見ても全く興奮しない自分に驚いた。 確かに仕事だけれども、僕はいつ、いかなる時でもオッパイを見たら興奮する男でいたかった。もう少年ではない事に気付いた瞬間だった。
ホラー作品では人間の限界を見た。 御祓いもせずに、次々に人が死んでいく作品を眠ることなく撮影していたら、クランクアップした時には車が2台も廃車になっていた。わずか10数日の現場で救急車もやってくる始末だった。 極限を通り越したチーフ助監督は、ダンボールを持ち上げようとして、そのまま寝ていた。

 

卒業して3年、僕は何が変わっただろうか? 
はっきり変わったのは、変なこだわりが無くなったぐらいだ。
映画もドラマもワイドショーだって、結局は変わらない。
みんな「面白い」ものを作りたいんだ。 
これまでも、そうやって「面白いもの」を探し続けてきた。
結果、僕は何者でも無くなった。
今はADだ。でも、その前は制作だった。
その前は助監督だったし、その前は、またADだ。
もっと言うと、その前はチャランポランな映画学校生だったし、もっと前は、オッパイを見たら無条件で興奮する少年だった。
今は何者でなくてもいい。面白ければそれでいい。まだまだ未完成でいいんだと思う。

 

そんな事を考えていると携帯が震えた。先輩からで「おい!「色取り鮮やかで、だけどカロリーが少ない食べ物」はやく持って来いよ」という催促の電話だった。
なんだかイライラしてコンビニで一袋に5個入ってるみかんと、5色マジックを買って帰る。
色とりどりにマジックで塗られた、みかんを先輩に渡すと、先輩は爆笑して「そう、これが食いたかったんだよ」と言ってくれた。
「なかなか、よかった」と言って、先輩は僕に真っ黒に塗りたくられた、ミカンをくれた。
その真っ黒なミカンは、変な匂いがしたけど、最高に旨かった。

 

 

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