2008.03.17

Category:学生

「青年よ、尻の穴さらす勇気を持て」渡辺紘文(映画演出コース3年)

 

「お前の尻なんて誰も見たくない。世界中の誰一人として見たくない」
そりゃそうだ。そんなモノ俺だって見たくない。考えるだけでおぞましいよ。
これは卒業制作作品に自分の書いた「八月の軽い豚」が選出され、ホン直しの初期段階で統括の講師より承った印象的な言葉の1つだ。この映画を作りあげていく中での苦労話は到底語り尽くすことは出来ないが、その始まりは、渡辺紘文という男の汚ねえケツの穴を映画作りの土台である”脚本”に直すことに端を発している。
大変な現場だった。苦しい現場だった。肉体的にも精神的にもギリギリのところでスタッフとキャストはこの作品と闘っていた。汗と泥にまみれることこそあれ、汗と泥と豚の糞にまみれて映画を作るという経験はそうあるものではない。
「楽な日が1日も無い!」と録音部の武骨な女の子が叫んでいたが、本当に苦労の絶えない現場だった。それでも、日々目の前に現出してくる様々な問題を、スタッフは知恵を絞り、肉体を駆使し、時には本気になって互いにぶつかりあい、罵りあい、支えあいながら乗り越えていった。どうしてそんなことが出来たのか。それは多分、皆が馬鹿だったからである。俺自身も相当な大バカヤローであるが、「八月の軽い豚」のスタッフもキャストも大変でキツイことに対し、目を輝かせ、本気で立ち向かって行ってしまう、とんでもない大バカヤローだったのだ。そんな素敵な大バカヤローたちと一本の映画を完成させられたことを、自分は誇りに思っている。
三月、汐留での外部上映会。会場は超満員の観客で埋め尽くされた。しどろもどろの震える声で舞台挨拶をするプロデューサー曾田の苦労で薄くなった後頭部を横目で見ながら、自分はこみ上げてくるものを禁じえなかった。曾田の禿げかけた後頭部は「八月の軽い豚」に関わった全ての人間の苦労と情熱とを如実に物語っているように思われた。考えてみれば自分の力など微々たるものに過ぎず、自分はただ皆に助けられ、皆の発していた”熱”のようなものに突き動かされていただけなのかもしれない。皆と一緒にこの作品を作りあげることのできた俺は本当に幸福だった、と曾田の後頭部を見つめながら、満員になった会場で一人、感慨に耽っていた。
今、自分は次に撮る作品の準備を進めている。横浜開港150周年企画として日中韓、各国の人間が港を舞台にそれぞれ一本の映画を撮る。その日本側の監督に任せられたのだ。
やるからには良い作品にしたい。”熱”の感じられる映画にしたい。日本の大バカヤローである自分は、世界に手前の汚ねえ尻の穴を見せないためにも、目下猛勉強中である。

 

(日本映画学校 映像科20期生)

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