2009.06.02

Category:学生

「普通」金井晋太朗(映像科2年)

 

私は自分が若いと思ったことはない。

自分がガキだ、おっさんだと思ったことは過去数々あるが、若いと思ったことは一度もない。
普通(「普通」なんて存在しないと言えば存在しないのだが)の人間だと思ったこともない。
だから「普通の人間(同年代の普通の人間)」に憧れる。「普通の人間」に嫉妬する。
だがそれと同時に私は「普通の人間」に対しある種の優越感のような物も持っている。

 

「普通」という物がいかに素晴らしいか、「普通の人間」は理解していない。

そう「健康な人間」が「健康」を意識しないのと同じように・・・
「普通の人間」の娯楽であるはずの「最近のバラエティー番組」。私には一切、面白いとは感じられない。
それは、それ以上に面白い「古くさいバラエティー番組」を私が知っているからであろう。
「シャボン玉ホリデー」、「ゲバゲバ90分」、「8時だョ!全員集合」等々。
もちろん滅多に見られる物ではないが、一度見ればその面白さに虜になり、「最近のバラエティー番組」が、「バラエティーもどき」にしか見えなくなる。

 

「ドラマ」だって同じだ。「最近のドラマ」よりも「古くさい特撮ドラマ」の方が面白い。

そう私にとっては、子供向けに作られた「古くさい特撮ドラマ」の方が「最近のドラマ」より格段に面白いのである。
子供向けであるからと言ってバカにする事なかれ。
特に「変身ブーム」と言われた1970年代の作品達には、驚くべき内容の作品がゴロゴロしている。

 

例えば、かつて大和王朝に滅ぼされた少数民族の末裔・不知火一族やテロ組織・独立幻野党等と国家警察機構の静源太郎と霧島五郎(=アイアンキング)の戦いを描く「アイアンキング(1972年)」

有名プロレスラーとなり妹の治療費を稼ぐため修行へと出る主人公ヤマトタケシ。
インドでの修行中、聖者「ダイバ・ダッタ」と出会い人類愛に目覚め「愛の戦士レインボーマン」となる。
第二次大戦中、日本兵からの虐待を受けた人間達や、虐殺された人間達の遺族が作り上げた、日本人を忌み嫌う秘密組織「死ね死ね団(この組織の行う作戦は経済テロや社会混乱を目的とする物が多い)」。この両者の戦いを描く川内康範原作による「愛の戦士レインボーマン(1972年)」

 

あらゆる災害から人類を守り地球環境を保全すべく作られた超コンピューター「ブレイン」は「人類が地球を滅ぼす=人類は地球に有害」との結論を出した後、姿を隠し巨大ロボットの製造を始める。第17番目に製造された自我を持つロボット「ワンセブン」は「人類こそが地球を救う=人類は地球に必要」と言う「ブレイン」と真逆の結論を出す。

「ブレイン」によって封印されるも「南三郎」少年によって「ワンセブン」は助け出され、「ブレイン」の攻撃から人間を守るために戦うこととなる「大鉄人17(1977年)」等々
何かを考えさせてくれるような作品が数多くあった。
もちろん「古くさい普通のドラマ」だってそうだ。
「お荷物小荷物」、「傷だらけの天使」等々・・・
こんなこと書いてはいるが元々は私だって「普通の人間」だったのである。

 

しかし、思い出したくもない小学校五,六年と中学三年間のイジメのおかげで今じゃ立派な「変人だけど面白くない人間」である。

だがその五年間を悪いことだとは思っていない。
何故ならば、あの五年間が無ければ今の私は居ないからである。
あの五年間がなければ、古い作品達に興味を持ち、その面白さを理解することが出来なかっただろう。
だから古い作品を好む自分を私は若者だと思ったことはない。
普通の人間だとも思ったこともない。

 

(日本映画学校 映像科23期生)

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