2023.11.16

Category:教員

パレスチナ・イスラエルに関わる紛争について(序)

日本映画大学名誉教授 熊岡路矢
日本国際ボランティアセンター(JVC)元代表

(この小論は筆者個人の意見です。)

 メディアは戦争などによる緊急事態を集中的に報道するが、また何か大きなことが起こるとそちらへ移動していく。但し、今回のパレスチナ・イスラエルで起きていることは1973年10月の第4次中東戦争(イスラエルとアラブ諸国が戦った。戦争開始の日は、ユダヤ教の特別な祝日=ヨム・キプールの日) 以来の事態であると受け止めている。国を単位とした1973年の戦争と、現在(2023年)の、イスラエル(国)と、一政治・軍事組織との戦いという点では大きく異なるが、世界へのインパクトの大きさは、ウクライナでの戦争は続いているが、報道からは見えなくなってしまった。

  この紛争について、2000年を遡る必要はないと考えるが、1910年代、第一次世界大戦の時の、英国の「三枚舌外交」あたりから考察すると分かりやすい。自分が担当する『映画で学ぶ歴史と社会』では、そこを起点として、世界の戦争の歴史を振り返ることは多い。

 

 (英国は、1915年に『フサイン=マクマホン協定』(中東のアラブ独立・公開)、1916年に『サイクス・ピコ協定』(英仏露による中東分割・秘密協定)、1917年11月に 『バルフォア宣言』(パレスチナにおけるユダヤ民族居住地建設・公開)と三つの相互の矛盾する部分がある約束を、アラブ側、フランス・ロシア、ユダヤ側に行った。その時点での敵国ドイツーオスマン帝国連合に、アラブ地域で勝つためであった。) ☞ 映画でいえば、『アラビアのロレンス』(監督・デヴィッド・リーン。1963年)終盤で、『サイクス・ピコ協定』へのファイサル王子による皮肉を込めた言及がある。

映画「アラビアのロレンス」 ・ファイサル一世 ・バルフォア外相とバルフォア宣言

 後の章で、①第一次世界大戦以来の、そして、②1948年1947年の国連パレスチナ分割決議と1948年5月のイスラエル「建国宣言」とその結果がいまも続いていることを概説する。75年前、ホロコーストの被害者である人々に国と領土が与えられると同時に、パレスチナの人々が言う、この『ナクバ=破局』において、200以上の村がイスラエルによって破壊され、70万人ものパレスチナ人が故郷・居住地から追放された。

 

 事実として、日々、ガザの一般市民、こどもたち、女性、高齢者がミサイル攻撃で大量に殺傷されている、そして更に生存・生活の基本(水、食料、居住、寝る場所、トイレ、電力など)を搬入させないことによって、生命を失う姿を見れば、第一に停戦の要求、そして人道支援の実施・支援が大切であることは言うまでもない。自分の場合でいえば、主に現地で活動を続ける認定NGO法人・日本国際ボランティアセンター(JVC)や、「NGOを支援するNGO」である認定NGO法人・アーユス(仏教国際NGOネットワーク)などのNGOを応援することは出来るので、そこに集中している。国連機関でいえば、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への支援も意味がある。UNRWAの保健局長は、清田明宏さん(医師)が厳しい状況の中、重責を務めている。その他、国際NGO「国境なき医師団や、パレスチナ赤新月社ほか、現地パレスチナNGOも命がけで働いている。

【現在の動向の危険さ】 基本、現在、大きな方向性はわからないことだらけの状態になっている。現在の情勢に注目する殆どすべての人々が指摘する、また上記、日々伝えられる人命、人道の危機の解決が第一であるが、その奥にある見えにくい部分の危機も当然気になる。


11月05日、BBCのジェレミー・ボウエン(BBC国際編集長)が、「この地域に関しては、何が未知であるのかがそもそも未知である」という言い方をしていた。中東、パレスチナ・イスラエル地域・問題取材歴30年のベテランがそう言う。

 

① 短期的には、既に動きだした以上、イスラエル軍はハマスやイスラム聖戦機構がいようといまいと、徹底的に攻撃するだろう。10月7日の攻撃を予知できず、防ぐことも出来なかった責任は、重く軍事組織、諜報組織、そして何よりこれらを束ねる首相(ネタニエフ)にのしかかってくる。


他方、約240人の人質を全員解放といいながら、軍事攻撃で人質を解放できるのかという疑問がまずある。人質の家族の中にも、現状況下での軍事攻撃で人質の解放を図るべきという考えの人々もいるが、軍事攻撃を強めれば、生きて帰れる可能性は減ると考える人々もいる。個人的には、現下の激しい空爆および地上軍による攻撃で人質の解放の可能性は減るだろうと感じている。(現在、解放された人の数は、4名。空爆で10数人が亡くなったという情報も出ている。他方、カタールが間に入った形での、人質解放交渉が進んでいるという情報もこの1~2週間流れ続けている。

 

関連して米国も当初のイスラエル政府・軍事攻撃全面支持の立場から、国際世論、国内世論の流れを受けて、イスラエルに一般市民・こどもたちの被害の最小限化を求めながら事実上拒否されている。

② イスラエルとイスラエル軍は、敵=ハマス、イスラム聖戦機構の「殲滅」を目標として掲げているが、これだけガザを封鎖しつつ、激しい攻撃をすれば、一般市民・こどもたちの犠牲、死傷者は増え続け、北部の人間を南部に避難させるといいながら、南部も攻撃する状態である以上、ガザ住民の大部分は絶望的な気持ちにならざるをえない。

年少者をふくめ、「生きつづけられるとは思えない」「ミサイルが飛び込む可能性を考え、家族は一緒に寝ている」という声の他に、「どうせ死ぬなら闘って死にたい」という声も聞こえる。戦争の現場では、なんで戦争が始まるかはさておき、戦争の継続には、「家族や友人が殺されたから、反撃・復讐したい」という感情も強く作用する。幹部レベルでは、政治的あるいは宗教的信念で戦うということもあるだろうが、一般の人・青少年では家族・友人への思いが優先するのは自然といえば自然である。これは戦線の両側で言えることであろうが、イスラエルの攻撃は「敵」を無数に増やすことと対立の永続化の原因を膨らまし続けている。

 

③ ガザ市のシファ病院には、患者、けが人、未熟児などの患者、医療人のほか、周辺からの避難民合計9000人が集まっている(11月16日現在)とのこと。さらに時期的に雨季になり、降雨のために汚水が広がり下痢、肝炎などの感染症が蔓延し始めた。イスラエル軍は、このシファ病院がハマスの拠点、総司令部として使われているという理由で攻撃を開始し、産科、集中治療室に乗り込み、患者と医療人は移動させられている。また軍は15歳から40歳の男性を中庭に集めているという情報もある。地下に入ったイスラエル軍は、「敵」の武器をみつけたという発表をしているが、戦闘員も総司令部も見つかっていないようだ。

さらに大きな問題は、ハマスなどへの攻撃といいながら、既に一般市民の死者は10000人を超し、うちこどもの死者は4割、女性の死者は3割と、恐ろしい数・割合に達している。(イスラエルと米国は認めていない。)


戦場においても、こども・女性をふくむ一般市民への攻撃は、軍の「交戦規定」や「国際人道法」の規定への違反となる。重大な違反は、国際刑事裁判所で裁かれる場合もある。

 

④ パレスチナ側も、現在は、戦争状態停止の実現、人道支援活動などの問題が大きいが、中長期では、ガザの体制の立て直し、本来パレスチナ人全体を代表すべきパレスチナ解放機構(PLO、アッバス議長)がガザにおける統治を全うできていない問題、支持率の低さの問題、汚職体質という批判への解答その他あり、この部分は次回以降に回したい。次回は、現地訪問の時の経験ふくめて書きます。

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