2020.10.16

Category:教員

『世界のいまとこれから ~ 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)』巻の参 ~米国大統領選挙、新型コロナ (附)中東情勢一部~

日本映画大学国際交流センター 特任教授 熊岡路矢
日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問(もと代表理事)

 

 

要約~米国大統領選挙】

1 国レベルでのコロナ無策もあり、また本人の感染で、トランプの「岩盤支持層」(政治的・キリスト教保守派および、外国・移民に仕事を奪われたと感ずる労働者など)においても支持者が減少した。特別な治療法で早期退院し、選挙キャンペーンに戻り、相変わらずコロナ感染症の危険を軽視し、パフォーマンスを続けているトランプへの批判は強い。

 

 ギンズバーグ(RBG)最高裁判事が9月に逝去した。大統領選挙裁定が最高裁の判断に委ねられる可能性(2000年大統領選挙「ゴア対ブッシュ」事例)もあり、トランプは、欠員に保守派と言われるエイミー・コーニー・バレット判事を指名した。現在公聴会実施中。

 

 10月14日現在、バイデンーライス候補(民主党)の優位が伝えられているが、2016年大統領選挙において優勢と言われた、ヒラリー・クリントン候補(民主党)が最後の一月でトランプ候補(共和党)に逆転された事例もあり、絶対とは言えない。

 

4 この間、コロナ感染拡大、BLM(「黒人の命は問題」)運動の広がりも契機となり、米国内の「分裂」が深まっている。ミシガン州ウィットマー知事(民主党)拉致未遂事件に関して、極右武装勢力がFBIに逮捕された。この類の集団が拡大している。投票日(11月03日)前、投票日当日、その後の確定まで、何が起こるか分からない状況である。

 

 

民主党候補、共和党候補(朝日学情ナビ、9月)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* 現職大統領の無策のために、世界において新型コロナウイルス感染症の一大源泉となった大国米国のトップを決める2020選挙(11・03投票)だけに注目しないわけにはいかない。

 

【本文】 11月03日の投票・開票日で「勝者」は決定されず、事前実施の郵便選挙結果の集計にも時間がかかる。その上、負けた場合にトランプ側が裁判に訴えるなどの抵抗行動をとる可能性が強く、最終結果はすんなりとは出ない。投票日前・後の期間に大きな社会内分断・断突が起きる可能性もある。10月14日までの時点での中間的なまとめを行う。

 

 1. 昨年(2019年)末の段階でも、トランプの3年間の強権政治への批判は広くあったものの、岩盤支持層といわれるキリスト教福音派・保守派の支持は、4年前の2016年大統領選挙(ヒラリー・クリントン 対 トランプ)の時と同様、70~80%はあった。全有権者の30%から40%位。米国の多くの製造現場が中国など海外に移転したために、失職した労働者たち(もともとは民主党支持者だった人も多い)の支持も2016年選挙時同様、まだあった。

 

 2. しかし、政権の過去4年間の失政、著しく非科学的な暴言もあるが、とりわけ今年(2020年)1月以来の、新型コロナ対策での無策は、これら岩盤基盤の支持も減少させた。トランプが「新型コロナウイルスなどは、ただの風邪だ」「いずれ消えていく」とその脅威を無視していた3月以降、米国は、東海岸(ニュー・ヨーク州など)、西海岸(カリフォルニア州など)に始まり、各地域において感染者、重症者、死者が増えていき、彼のコロナ対策(無策)への批判は高まっていった。(10月トランプ自身、妻とともに、新型コロナウイルスに感染した。)

 

白人警官の黒人への暴力への抗議運動に端を発したBLM(黒人の命は大事である)運動の盛り上がりに対して、「法と秩序」政策、警察への支持、軍隊の投入(発言)、白人至上主義者の暴力への黙認とも受けとれるトランプの言動で、批判者が増えた。

武装集団による危険な行動が増えている。10月10日には、ミシガン州ウィットマー知事ほか民主党知事の地域での武装攻撃計画がFBIなどによって事前に察知され、武装組織「ミリシア」13名が逮捕された。罪状には、「内戦の企て」も入っているとのこと。

 

ミシガン・ウィットマー州知事(産経ニュース。10/09)

 

 

 

ミシガンの「ミリシア」 (AFP 10/10)

 

 

 3. 9月前半では、バイデン(民主党)への支持も熱狂的なものにならず、コロナ治療薬開発あるいは外交上の得点があれば、トランプの逆転もありうる状況といえた。

 

 4. 連邦最高裁判事ギンズバーグ(RBG)の逝去、そして大統領選挙~一つの転換点。

 

ミシガンの「ミリシア」 (AFP 10/10)

 

 

 

追悼式(9/23) 時事通信9月24日記事

 

 

9月18日、広く人々に尊敬され、また闘病中であった連邦最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏が、すい臓癌による合併症のため87歳で亡くなった。【法律家として、女性の人権擁護のために働いただけでなく、妻を失った夫の福利厚生の権利のためにも裁判を戦った、人権運動・フェミニズム運動のアイコン】

ギンズバーグ氏は、女性が評価されなかった時代(1950年代~60年代)、特に法律分野で評価されなかった時代、ロースクール(コロンビア大学)で首席となったが、法律事務所での就職の機会も与えられなかった。刻苦精励し、多くの人権裁判を担い、クリントン政権時代に最高裁判事に任命された。1999年に大腸癌に侵され、その後4つの癌と戦ってきた。

 

今回の2020年大統領選挙との関係では、死を前に、彼女は「私の最大の願いは、新しい大統領が決まるまで、自分の後任が選ばれないことだ」という言葉を残した。

生きているうちに伝説となった、RBGに関する二本の映画が2018年に製作されている。

 

ドキュメンタリー映画『RBG 無敵の85歳』 監督:ジュリー・コーエン、ベッツイ・ウエスト 2018年

 

 

劇映画『ビリーブ 未来への大逆転』 監督:ミミ・レダー 主演:フェリシティ・ジョーンズ 2018年

 

 

 

 

 

 

 

 

 4. つづき 大統領選挙と連邦最高裁判所との関係

 

 

* 米国大統領選挙の仕組みは分かりにくい。「選挙人」総数=537人。その過半数を獲得した候補(大統領、副大統領チーム)の勝利となる。ほぼすべての選挙区(=州)で、票の過半数を獲得した候補による「選挙区・選挙人総取り」となる。したがって、全国での獲得票数と獲得率において勝っていても、当選できないことがありうる。2000年のゴア候補(民主党)、2016年のヒラリー・クリントン候補(民主党)のケースがそれにあたる。

 

2000年の大統領選挙では、アル・ゴア(クリントン政権)副大統領(民主党)、とジョージ・ブッシュ(息子)候補(共和党)が激しく得票(および得票に伴う獲得「選挙人」数)を争った。最後にブッシュ候補の弟が州知事を務めるフロリダ州での投開票に問題が生まれ、ゴア側の訴えで、同州4つの郡での票の数えなおしが行われていた。連邦最高裁は、4郡での票の数えなおしを認めず、フロリダ州でのブッシュ勝利(選挙人獲得)を認め、結果的に、ブッシュの大統領選勝利が確定した。最終的にブッシュが 271名の選挙人獲得、ゴアが266人の僅差。得票数、得票率においては、ゴアがブッシュを上回っていた。

 

マイケル・ムーア監督の『華氏911』は、の冒頭で上記「ブッシュ勝利」の裏面を描いている。

 

 

キャピタリズム』では資本主義の問題点を描く。

 

 

『シッコ』では米国の医療/保険の問題を描く。

 

 

そのように大統領選挙結果が最高裁判所決定とからみあう事例があったので、トランプ大統領は、上記のリベラル派ギンズバーグ判事の逝去まもなく、保守派の連邦最高裁判所判事の候補を探し出し、11月03日の投票日前に就任させようとしている。(ギンズバーグ氏が健在であった時の最高裁の色分けは、保守派5人、リベラル4人であった。)

大統領選挙の件はさておき、日常的に、保守派とリベラルが対立する①銃規制、②移民規制、③オバマ・ケア(皆保険制度)、④人工中絶、⑤同性結婚や家族の在り方的の問題、⑥「法と秩序」(デモなどの取り締まり)などの問題も、最後は最高裁での判断になることが多いために、トランプおよび共和党は、最高裁での保守派の割合を増やしたいと考えていた。

 

 

 5. バレット判事指名前後、トランプ本人・妻・側近のコロナ感染が広がり、人気急落

 

 

トランプ大統領は、9月26日、銃の権利拡大などを支持する保守派のエイミー・コーニー・バレット判事を最高裁判事に指名し、10月13日現在、上院での公聴会に入った。この任命が実現すれば、最高裁判事(9名)の6名が保守系となり、共和党にとって有利となる。

 

9/26米官邸、判事お披露目でコロナ感染広がる(三密。マスク無し)サンケイビズ10/05

 

 

トランプ大統領、陸軍病院に入院。マスク有り。 ブルームバーグ2020/10/03

 

9月26日、バレット指名・お披露目が、ホワイトハウスにおいて、大統領を筆頭にマスク無しの要人参加者を集め、また「三密」も避けない状態で行われた。10月01日、ホープ・ヒックス大統領顧問が感染し、翌日、トランプ夫妻の陽性も発表され、前後合計20名以上の政権幹部、議員、軍幹部などに感染が広がった。国全体でのコロナ無策を象徴する情けない事態になった。一部では、大統領が「スーパー・スプレッダー」ではないかという推測も出た。

大統領は、10月02日、ウォルター・リード陸軍病院に入院し、主治医の発表では、①未承認の抗体カクテル(重症化を防ぐ、マウスからつくった抗体と回復したコロナ感染者から分離した抗体)、②レムデシベル(エボラ出血熱の治療薬)、③ステロイド系抗炎症薬デキサメタゾンが使用された。重症化を防ぐことが目的なのか、あるいは大統領の要請で、選挙戦遊説に早く戻るのが目的なのか、いずれしても実験的な内容で危険という見方もある。なお、ステロイド系抗炎症薬投薬では、うつあるいは精神的高揚が生ずる場合もある。

 

 

抗体カクテル(リジェネロン社 CNN)

 

 

 

レムデシベル(ギリアド・サイエンス社 名古屋テレビ)

 

 

デキサメタゾン ステロイド剤 (日医工、富士製薬工業。ヤフーニュース)

 

 

世界最悪、感染者数780万人超、死亡者215,085人(以上、10月13日。ジョンズ・ホプキンス大学)を出している米国のトップとして、国民、有権者の信頼を失っていたトランプ大統領であったが、本人および政権幹部にも多くの感染者を出して、支持率は9月下旬以降大きく下がった。

 

10月12日フロリダでの選挙集会で、マスクを投げるトランプ。読売。10/13

 

 

 

ホワイトハウス広場、追悼集会(空席椅子2万脚が20万犠牲者を象徴)ハフポスト。10/06

 

 

しかし、大統領ならではの特別な治療を受けてわずか3日後、10月05日に退院したトランプは、選挙キャンペーンを焦ってか、数日の「在宅療養・勤務」後、12日に重点州であるフロリダ州での遊説に向かった。本人の健康を心配する医師専門家の意見、また本人はマスクを着けず、密集する選挙集会での感染の広がりを懸念する声にも配慮せず、選挙運動を強行しているように見える。

トランプがどのような失敗をし、また事実でない発言をしても揺るがない岩盤の中の岩盤トランプ支持層も存在していて、38%程度の支持率は維持している。バイデン支持は52%程度。バイデン候補(民主党)は、78歳の高齢、長い政治家歴のなかで、特に高い支持があったわけではないが、「トランプでない人」という消極的な支持もふくめ、支持率を上げてきた。

2016年も、9月までは、ヒラリー・クリントンが優勢であったが、最後の一か月、「オクトーバー・サプライズ(10月の驚愕」)で、トランプは逆転した。クリントンが私的メイル・アドレスを公務に使用したという事実が、ロシア系の情報筋と、ウィキリークスから流された。最終的にクリントンは、投票数で上回りながら、大統領への「選挙人」数=270を獲得出来なかった。

 

 

 6.大統領選挙の世界への影響

 

 

トランプは、国内課題においても、また外交、国際問題でも、従来の協定などを反故にしてでも、独自のスタンスを持ってきた。もし、今回、バイデンが勝ったら、以下の変化がみられる可能性がある。

①気候変動問題: トランプは気候変動―地球温暖化を認めず、環境問題の枠組みパリ協定(2015年)からの離脱を表明した。(離脱は、11月04日) カリフォルニア州など西海岸の大規模な山火事でも、「いずれ涼しくなる」の一言であった。これに対して、バイデン(民主党)が選挙に勝てば、パリ協定に復帰する。

②イラン核合意: イランおよび国連、米国、欧州連合などが、2015年にようやく合意したイラン核合意。国際原子力機関(IAEA)の11度の合意確認・査察も行われ、イランが核兵器を所有する流れを止めた。しかし、2018年トランプ政権はこの合意からの離脱を決めた。核問題だけでなく、総合的にイランを米国(およびイスラエル)の敵国と位置づけ、「最大限の制裁」を行うことを意図するものと理解されている。

 

 

 7.トランプ政権と中東

 

 

米国の支援を受け、イスラエルは8月14日、UAE(アラブ首長国連邦)、そして9月11日、バーレーンと相次いで、国交樹立の発表を行った。原則、アラブ諸国は、パレスチナ支持であり、イスラエルと国交をもたないはず(エジプトは1979年、ヨルダンは1994年にイスラエルと国交樹立)であったが、今回UAE、バーレーン両国は、経済技術協力などを求めて合意した。

全体の背後で動いた米国トランプ大統領としては、敵対するイランの孤立の加速、および11月03日の大統領選挙に向けて「外交成果」をアピールすることが目的であったと推測される。大統領の娘婿クシュナー大統領上級顧問が、特使として動いた。

 

米国仲介、イスラエルとUAE,バーレーンが国交樹立(ブルームバーグ 09/16)

 

 

 

西アジア(中東ふくむ)の地域・関係図 (毎日新聞 09/17)

 

 

なお新型コロナウイルス感染症対策の件では、イスラエル(総人口、約850万人)は、新規感染者が一日4000人を超す中で、9月13日全土を再ロックダウン(都市封鎖)した。

他方パレスチナでは、コロナ禍の問題もあるが、西岸におけるユダヤ人入植地のイスラエル領土への編入などに反対するとともに、上記のアラブ二カ国のイスラエルとの国交樹立に反対する運動が激化している。AIDA(国際開発機関協会=現地で実働する各国NGOの協議体)では、9月4日、①「天井のない監獄」と言われる、ガザへの集団的懲罰措置の撤廃(出入りの自由化など)、関連して新型コロナウイルス感染者への効果的な治療・対応、病院への支援、重症者のガザ外での治療を認めるよう、イスラエルおよび国際社会に対して声明を発表した。

 

パレスチナ抗議「何故?」、UAE-イスラエル国交樹立に対して(Globe Asahi 8/18)

 

隣国レバノンでは、2019年までの財政危機の深刻化(破綻国家化)、さらに本年のCOVID-19による経済・社会の更なる脆弱化が進むなか、8月4日ベイルート市内で大爆発(管理状態が劣悪であった硝酸アンモニア2750トンの爆発)により、200人あまりが死亡し、6500人が重軽傷を負い、30万人に関わる住居が破壊された。なおレバノンは、ルノー・日産・三菱アライアンスの元CEO(最高経営責任者)のカルロス・ゴーンの逃亡(2019年12月29日)先としても知られる。また多くのシリア難民・避難民を受け止めている国である。

 

レバノン、ベイルートでの大爆発 (スプートニク日本 08/05)

 

 

 

レバノンへの逃亡後、ベイルートの邸宅でのカルロス・ゴーンと妻(フランスTF1 01/03)

 

 

 

 

 

 

【連載アーカイブ】

『世界のいまとこれから ~ 新型コロナ・ウイルス感染症(COVID-19)』巻の壱

 

『世界のいまとこれから ~ 新型コロナ・ウイルス感染症(COVID-19)』巻の弐

 

 

 

 

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