
ある日、ひとりぼっちの大学生が遭遇したのは、まさかの「神」。
水川努は人との間に壁を作り、自分で入ったサークルにもなじめない日々を送る。「神」はそんな水川を追い回し、勝手に人間観察をして回るのだが。この「神」、もしかして孤独も、痛みも、悩みも知らない…?
主人公・水川を演じるのは舞台を中心に活動し、本作が映画初主演となる山本崇斗。人間の感情に寄り添わない、共感することもない「神」を舞台から映画まで幅広く活動する星耕介が演じる。単純な正邪や善悪ではなく、誰もが持っている悩みに焦点を当てた世界を脚本コースの西村鳳幸が描いた。監督は演出コースの砂田伊万里。制作時、本作の主人公の水川のように、孤独な思いや周囲の人間との衝突を抱えながらも、水川と「神」という正反対のバディを独特の距離感で演出する。
なんだか怪しげな「神」と不完全な人間たちの日常を描いた、30分間のヒューマンファンタジー。彼らが共に過ごした日々を、あなたも観察してみませんか?

趣味なし、友人なし、恋人なしの水川努はひとりぼっちの大学生。ボールも会話のパスも出せない彼は、フットサル・サークルでも他のメンバーと上手く付き合えずにいた。そんな日々を送る彼の前に、自らを「神」と称する謎の人物が現れる。「人間の理解が及ばないところから来た」そう言って笑う不気味な存在を前に困惑する水川であったが、どこまでも付きまとってくる「神」と行動をともにすることになってしまう。
好奇心の赴くままに街を歩き、人間の文化を堪能する「神」の突飛な言動に振り回される水川。未知の感覚を楽しもうとする「神」に影響され、寂しかったはずの水川の日常は少しずつ変化していく…。
そんな矢先、水川はサークルのメンバーと諍いを起こして孤立してしまう。ひとりぼっちに戻ってしまった水川に対し、ともに過ごして来たはずの「神」が理解を示すことはなくて…。
人との関わりを恐れて生きて来た青年と、そんな彼を観察する「神」。
正反対の二人が過ごした末にたどり着いた答えとは…?

山本崇斗
星耕介
中内天摩
丸山真亜弥
山下久義
監督:砂田伊万里
脚本:西村鳳幸
音楽:阿部颯志郎
プロデューサー:五反田愛果
撮影:謝東
照明:上野広稀
録音:成瀬希望花
編集:朴鍾鎬
助監督:細井鈴
演出助手:陳安琦、張璇、菊池暁
制作:石原佳月
撮影助手:解運、浅沼ファティ、高橋壮太
照明助手:岩崎優樹、チョパショルゴン
録音助手:石川雛子、鈴木蒼太、小川翔大
編集助手:池谷望夏、織田直樹、太野垣宥吉、栁川樹一、林鑫辉
記録:林優作
車両:平野武周、影山翔一、大城義弘
グレーディング:(株)IMAGICAエンタテインメントメディアサービス 山下哲司
スチール:曽根大樹
メイキング:平野武周
エキストラ協力:天海太陽、荒畑七海、井口悠、池田拓海、梅中郁弥、大河内天斗、大塚笑唯、岡本錬、小野塚隆太、梶川大耀、黒津朝、黒沼寿希、小泉摩奈、五反田仁枝、崔海恰、坂根美涼、佐藤銀河、佐藤眞太郎、進藤立暉、須田悠太、武井未来乃、角貝覇人、中村怜、根市涼花、平田祐月、福本麗羅、本田惇之助、前城結、明隼輝、森本哲平、簗田雪乃、鑓水楓、湯浅心、由崎詩織、弓博慾、米谷陸、劉凌超、和田恵李紗、Elva黄、XUBEIYI、GOAL HUNTER UNITEDのみなさん
協力:株式会社日映装飾美術、高津装飾美術株式会社、JETWORKS、バルクレンタカーアンドセールス株式会社、五反田神社、田園調布学園大学、新城商店街振興組合、新名商店街振興組合、Bar GARDEN、北見方少年サッカー場、高津区役所道路公園センター、GOAL HUNTER UNITED、川崎市王禅寺四ツ田緑地、一般社団法人 聖蹟桜ヶ丘エリアマネジメント、みうら映画舎、フットアールフットサルフィールド横浜泉、飯島琢哉、阿部大志、木村響彦、UsedClothing SPECIALS、Curry&Bar Jamming、フットボールクラブ エスタジオ横浜、FIRE SAURUS
<作品宣伝チーム>
配給宣伝企画書:菊池暁、五反田愛果
プレス資料原稿:高橋壮太、砂田伊万里
メインビジュアル:池⾕望夏、栁川樹⼀、細井鈴、上野広稀、小川翔大
予告篇:織田直樹、林優作、太野垣宥吉、林鑫辉、朴鍾鎬、池⾕望夏、栁川樹⼀、石川雛子、鈴木蒼太
SNS:五反田愛果、岩崎優樹、謝東、陳安琦、張璇、チョパショルゴン、解運
上映会:石原佳月、菊池暁、五反田愛果、成瀬希望花、浅沼ファティ

私は弱者だ。自分に確固たる意志があろうと、他人に理解されなければ、引き際を見極める真似事をして主張を引っ込める。そしてこれは、そんな弱者の物語だ。
だから誰より強く正しくありたかった。だが不器用な私は、それをひどく独善的な形でしか成すことができず、周りの声など届かず——或いは聞こうともせず、その結果、何人もの友人だった者との間に軋轢を生んだ。
この作品における個性的な登場人物たちは、そんな私の内面に芽生えてしまった二律背反の弱さが形を為したものだろう。「だろう」というのは、私が書いた初稿を元に演出部との会議を重ねて「研磨」した結果、言いたかった事のほとんどが消え失せ、何を伝えたかったのかわからなくなった原稿が映像化されたものだ。
そう、傍から見た弱者はそういうものだ。何を悩もうが足掻こうが、ただ「弱い」という事しか目に映らない。己をマジョリティと信じて疑わない者に理解などされないだろう。
この作品を見て何も感じ取れない人間がいたとしたら、それは私の弱さが招いた事だ。本当はもっと周りに素直でありたかった。だが、他者の意見を飲みこむだけの事を協調性と履き違えて飲みこんでしまった、足掻くべき時に爪牙(そうが)を自ら納めてしまった、私自身の弱さだ。
恐らく多くの人間にとって、この作品を通して感じ取れるものなどないだろう。きっとこれを理解できない者は幸せ者か、幸せになろうと努力している者だ。だからどうか、人間的変質の余地を奪われた卑小な一個人が右往左往するだけの30分に、共感できる者などいない事を祈る。
脚本:西村鳳幸