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仏・トゥールーズの学生映画祭で本学の卒業制作映画が上映されました【現地参加レポート付き】

卒業制作映画『交差』(監督:大引勇人)と『ひいくんのあるく町』(監督:青柳拓)が4月18日から21日かけてフランス・トゥールーズで開催された学生映画祭「La Corrida Audiovisuelle(コリーダ オーディオビジュアル)」で上映されました。

同映画祭は学生映画を中心に学術的な交流を深め文化の多様性を促進することを目的とし、公立映画学校Ecole Nationale Supérieure d’Audiovisuel が主催するもので、今年は本学から青柳監督と島田隆一准教授が招待され現地に集った人々と交流をしました。

詳細は以下のレポートよりご確認ください!

La Corrida Audiovisuelle 2023体験レポート(日本映画大学3期卒業生 青柳 拓)

Apr.18 - Apr.21 2023
Taku Aoyagi

はじめに~Corrida Audiovisuelle とは~

Corrida Audiovisuelle(コリーダ オーディオビジュアル)とは、フランス・トゥールーズにある公立映画学校Ecole Nationale Supérieure d’Audiovisuel (ENSAV ※以降エンサヴ)で毎年開催されている学生映画祭です。さまざまな国の学生が参加し、その国の学生映画の上映を通して、映画学校間でさまざまな教育的および映画的アプローチを比較することを目的として、毎年世界中の映画学校(最大10校)の教師と生徒を1 週間招待し、各代表がその教えを代表する作品を発表し、ディスカッションを通して交流学習をします。通常の映画祭で上映されるような映画ではなく、学生の進行を示す演習を見る機会という映画祭であるので、賞レースなどの競争ではありません。

 映画祭は入場無料で一般の人も入場できますが、基本的には観客もエンサヴの学生。上映作品は招待校からそれぞれ2~4本。エンサヴの学生作品は50本程度上映されています。
〈 上映プログラムはこちら〉
 https://www.eiga.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2023/05/Corrida_Program.pdf


 今年は2023年4月18日~4月21日、四日間の開催。ENSAV(エンサヴ)に集まった招待校は4校、イタリア・フランス(ルーサース)・ブラジル・日本の4つの映画学校が集まりました。

日本からは私たち日本映画大学が参加。教師代表として日本映画大学准教授の島田隆一先生、学生代表として私(青柳拓)が参加しました。上映された作品は、卒業制作映画『交差』(2015)と『ひいくんのあるく町』(2017)の二作品です。

 私の目的は、日本映画大学の卒業生代表として監督作である『ひいくんのあるく町』の上映をし、日本映画大学で学んだことをプレゼンテーションすること、世界各国から集まる映画の作り手たちや映画学校の方々と交流すること。そして、その体験を日本に持ち帰ること!

というわけで、ここで出会った数々の体験をレポートとして記します。

映画祭1日目

フランスの南部に位置する街トゥールーズ。「ピンクシティ」と呼ばれるレンガ造りの建物がずらっと並ぶ街並みの中に、映画学校Ecole Nationale Supérieure d’Audiovisuel(※以降エンサヴ)がある。この場所で開催される映画祭「Corrida Audiovisuelle」に参加するため、はるばる日本からやってきた。さっそく中に入ってレポートしていく。

 広い! まず驚くのは校舎内の広さだ。多くの撮影機材、建物の端っこには映画の小道具などがどかされている。映画学校の先生曰く学校には多くの映画制作における撮影施設があるそうだ。それは後で紹介していただくとして、すぐに映画館に案内される。映画学校に内設させている映画館だ。

美しい街トゥールーズ
エンサブの入り口
広い中庭
内設の映画館

映画館に入ると軽く挨拶があった後、さっそく映画祭が始まった。※私は英語力が乏しいため、あまりよくわかっていない。

 午前中はエンサヴの学生作品の上映が7作品、いきなり映画のシャワーを浴びるように鑑賞した。

 その内容は本当に多種多様で、故郷の小さなバーの日常を淡々とつづったドキュメンタリー、再開発によって周りの建物が壊されていく様子を一人さみしく暮らしながら見つめている姿が印象的な老人を映したドキュメンタリー、自身の性的被害の経験をアニメーションと実写を使いながら表現した作品など。

 これら7本を見ただけでも全体的にのびのびと自由な発想で作っている様子がわかる。上映後は熱い合評会、学生が率先して手をあげていて、作り手に質問する。先生も質問する。涙を流しながら答える作り手の学生の姿もあり非常に活気があった。島田監督も手をあげて質問、1作品だけ4:3のスタンダードサイズで作られた作品があり、その理由について質問をしていた。このように上映後に感想や質問が飛び交う様子は、日本映画大学で行われているもの似ている、すべての作品で平均して5人の学生が質問している印象で、学生の主体的かつ能動的な姿勢が印象に残った。

上映後の学生スピーチ①
上映後の学生スピーチ②
島田監督も通訳の学生にお願いし、質問

午前の映画上映が終わると、街へ出てエンサヴの先生方とランチをいただく。

 フランスの代表的な料理として親しまれている「ブロンケット」は具沢山で濃厚なシチューのようなものでとてもおいしかった。写真左下にいるのが、今回の映画祭のプログラムディレクターであるイザベラ先生。通訳の方がいないこともあるが、まずは簡単な英語でご挨拶と招待していたことのお礼を伝えた。

エンサヴの先生方とランチ
フランスのティピカルフレンチ「ブロンケット」

午後の上映は招待校の作品、フランス・ルーサースから来たドキュメンタリー映画学校Ecole documentaire de Lussasの卒業制作の上映である。『Ah Juliette』という作品は、私のこの映画祭において一番のお気に入りの一本となった。監督である姉の視点から、妹の私生活を愛情たっぷりに描いたドキュメンタリーだ。卒業生代表で本作監督のアガトさんに話を聞くことができた。妹の絵が完成するまでの時間を縦軸にした構成も見事だった。

『Ah Juliette』の一場面。妹が絵を絵を描いているシーン
アガトさんの上映後スピーチ

上映後、今回通訳として関わってくださる日本人でトゥールーズ在住の信子さんと合流。信子さんに通訳をお願いしながらアガト監督に作品の感想やたくさんの質問をする。妹が絵を描く筋書きは監督の意図で「愛」をテーマに妹にお願いをして描いてもらったこと・はじめはボーイフレンドとの恋愛関係を軸に描こうと考えたが、よく考えて姉である自分視点の方が大事だと気付き、撮影スタイルを変えたこと・撮影する前は妹とは疎遠であったが、カメラを通して再度向き合い距離を縮めることができたことなど。興味深い制作の経緯を聴くことができた。

 ルーサースのドキュメンタリー映画学校は1年間のカリキュラムでみっちり教わる場所、映画へのアドバイスを他国の現役の映画人からアドバイスをもらいながら完成させることもあるそうで、ワールドワイドで映画つくりを学んでいることがわかった。写真の右からアガト監督、引率のアルマ先生、通訳の信子さん、島田監督、私。

次に見た2本の映画は、もともとプログラムには無く、急遽制作された短編ドキュメンタリー映画であった。いま、フランス中で起きているフランス政府に対する抗議活動を題材に制作されたそうだ。しかも今朝編集を終えたばかりのできたてホヤホヤの作品だという。このフットワークと怒りを創作に変える意欲は見習うべきところである。ちなみに今回の映画祭の名前も急遽『Corrida EN LUTTE』と変更されている。スクリーンを映した写真は、映画が上映されるたび必ずかかるオープニング映像。このオープニング映像がかかるたび、客席からは歓声と拍手喝采。EN LUTTEとは「闘争中」の意味、みんなが政府に怒っていることがわかる。

上映前に必ずかかるOPMOVIEの一場面。
映画館の入り口。EN LUTTEの文字。

エンサヴノ広い中庭は、本来は駐車場として営業しているはずの場所。学生が主体となりこの場所を占拠、抗議活動の意味として授業を受けずにお酒を飲む、もちろん先生方も賛同して授業はやらない。映画祭もただ開催するのではなく、抗議の意味として開催。とにかく仕事をしないという表明をし、横断幕を掲げ、抗議。私たちも先生たちと共にお酒を飲んだ。

フランス国民に十分な説明もなく改革を進めるマクロン大統領の言動に対する抗議。具体的には年金改革法案、支給開始年齢を62歳から64歳に引き上げることに対して声を上げている。「たとえ覆らないと思っても、ひとり一人が声を上げることが大切」とクリスティーン先生は言う。それを皆が心から信じている様子で、僕にはそれが眩しすぎた。日本に住む自分は、声を上げることで社会が変わるということを心から信じたことが一度でもあるだろうか。そのことに気づいたら胸が苦しくなった。フランス人の怒りと、怒りを創作に変えるパッションを肌で感じ、その力を分けてもらえた気分だ。

 映画鑑賞後、フレッド先生に案内していただき、大学の施設見学をさせていただく。

撮影機材室/フィルム写真の現像室/簡易試写室/映写室/MA室 /レコーディングルーム /撮影スタジオ /ストップモーション撮影室 /カラコレ室 /図書室 /学生作品のアーカイブルーム /編集室 /フィルムの編集室 / 座学の教室など…地下一階から4階の隅々まで紹介いただいた。

いろいろな先生方にエンサヴ(Ecole Nationale Supérieure d’Audiovisuel)の教育方針についてざっくばらんに話を聞く。エンサブは1978年の開校以来、現役の映画監督が指導していること。ざっくり技術面のそれぞれのコースと映画研究のコースがある。監督コースはフィクションもドキュメンタリーもやること(近年はフィクションとドキュメンタリーを織り交ぜた作品に挑戦する学生も多いこと)。一年生時は音楽を使わせず(音楽は音の楽しさだけで編集ができてしまう)なるべくフィックスの画だけで構成するように指導すること。題材は客観ではなく自分のものを探すこと。自分のことを映画で表現することは大変だけど、大切な作業であるというお話。日本映画大学と同じ部分もあり、基本的なことだけど改めて大事なことは大事なんだと思い知る。

 先生の話を聞きながら、午前中の上映で涙をながしながら作品発表をする学生を思い出した。自分のことを作品に表現することは辛いこともあるけど、その大変さをまさに勉強しているんだなぁと。先生はその学生について「泣いていた学生はまだまだ精神的には安定していないけど、そういう学生は将来有望だ」というようなことを言っていた。

左から、フレッド先生、(もうひとりの)フレッド先生とフレデリック先生、ジャン先生。

夕方には、映画祭初日を祝うオープニングセレモニーとビュッフェが行われた。テーブルにたくさんのオードブルが並ぶ。最初にまずは学校長がマイクを持ち、開催までに尽力してきた方々のお名前を紹介し、感謝の盛り上がり。 その後、学生代表からのトゲのあるスピーチもかっこよかった。

 学生代表「いま私たちの国のちっちゃな大統領は、耳も聞こえない目も見えない、こんな大変なのに何も聞いてない! 昔は十数人の金持ちが80%を占め、今は42人が国の60%以上の金を持っている。やつらは決して引退しない。なぜなら、やつらが憲法を作る(変える)チームにいるからだ!」今日イチバン、怒りの盛り上がりだった。

ビュッフェでは学生や先生たちと映画の話に夢中でほとんどたべられなかったので、大学を出てのぶこさん島田さんと夕食へ向かう。レストランに向かう途中にある大きな広場「キャピタル広場」にて信子さんが言う「昨日はここでデモをやっていたんだよ。でも昨日は急遽始まったから少なくて、1000人くらいだった」。1000人を「少ない」と言っていたのが印象的だった

キャピタル広場

キャピタル広場を抜けてレバノン料理屋へ。 長年フランス在住の信子さんにフランスに来た馴れ初めを聞きたり、スリの対処法など、いろいろと教えていただく。英語くらいはまともに話せるようにならないといけないと痛感する一日だった。

 ひよこ豆を潰した「ウーモス」、ケバブに近い食べ物は名前を忘れてしまった。とても美味かったです。

今回泊まらせていただく場所は、エンサブ学生のヤスミンとクエンティンのアパート。夜23時、彼らの自宅に帰ると、他の学生たちと一緒にパーティをして盛り上がっていた。

「たく!おかえり!いまから学校でダンスやるから行こうぜ!」と勢いあるお誘い、疲れてはいたがせっかくのお誘いなのでもちろん「行こうぜ!」、再び街へ繰り出す。

トゥールーズは夜も若者が歩き回り、比較的安全で若者の活気がある街だ。アパートから徒歩15分ほど、再びエンサヴ校舎へ。抗議?の爆音ダンス! そして疲れ果てたまま午前1時半に帰宅。朝から深夜まで盛り沢山の映画祭1日目だった。

映画祭2日目

映画祭2日目、朝9時。クエンティンとヤスミンが朝食を用意してくれていた。これがフランスのクロワッサン、ふんわり優しい味。

さっそく今日もエンサヴに移動し、学生作品7本を鑑賞。廃墟となった実家に再び訪れる男とそこに住む男のミステリアスな会話劇、テニスとドラムの画と音だけのエモーションで実験的な作品。フランスの自然絶景を生かしたファンタジックで郷愁あるFFみたいな劇映画。マンション立ち退きに対して抗議するマンション住民たちを映したドキュメンタリー、マンション内を走り回る子供たちにも視点を向けていてポリティカルだけど遊び心ある作品など。観ていて飽きることがない。

エンサヴ入り口に、英語、日本語、ポルトガル語、イタリア語で「ようこそ」と。

道を歩いていると、私の同業者でもあるウーバー配達員の姿が! お疲れ様です!

フランス・ルーサースからきたアガト監督とは残念ながらここでお別れ。監督作『ひいくんのあるく町』を観ていただきたかったので連絡先を交換した。彼女は現在新作のドキュメンタリーの構想をしながら、子供たちに映画を教える仕事をしているそうだ。こうして同世代で活動している映画人と意見を交換し、つながることができることが映画祭の素晴らしいところの一つだ。またどこかで会えますように。

午後の上映はフランス・ルーサースドキュメンタリー映画学校の2作品。特に2本目、売春が盛んで知られる「ブローニュの森」で働く人たちのドキュメンタリー映画。深い森で煌びやかな服を着た男性のような女性のような人たちがカメラの前に毅然と立ち、この森で働く迄のいきさつを淡々と語る。その構図が美しく、かっこいい作品だった。

右から二番目がポーラ監督。ルーサースドキュメンタリー映画学校の卒業生。

「ブローニュの森」の敷地内には博物館や子供遊園地もあり、パリ市民の憩いの場。一方でかつては男娼の聖地としても有名で、今でも娼婦の姿を見かけることができる。 楽しい遊園地の隙間を抜けるとしらない世界に迷い込む映画の雰囲気はクレヨンしんちゃんの『ヘンダーランドの大冒険』のような摩訶不思議さと暗い森の恐ろしさがある、とても興味深いドキュメンタリーだった。

 今日のタイムスケジュールを見ると10時~23時まで、びっしりと上映があることを知り、島田監督二人驚く。流石に軽く睡眠をとり頭をやすませようということになり、18時にはいったんエンサヴを後にして、再び22時〜のイタリアの映画学校(CSC)の上映に備える。

この映画祭はワンスクリーン! フルで見たら合計23本観ることができるが、流石に全部見ることを前提にスケジュールが組まれているとは思えないボリュームだ。

映画祭二日目のスケジュール。
ヤスミン&クエンティンのアパートに帰り、仮眠をとる。

夜、再びエンサヴに繰り出し最前列でイタリアの国立映画実験センターCentro sperimentale di cinematografia (CSC)の卒業生フレデリコ監督の実習作品4本を鑑賞する。驚いた、そのどれもが面白く、アーティかつエンターテイメントで、余裕で商業映画として出されるようなカメラワークやシナリオで、逆にどんな教育してるのか気になるくらいだった。しかし、夕方以降は通訳おらず、その場では詳しく聞き込めなかったのが悔しい。明日改めて聞こう。

フレデリコ監督27歳。

映画会場から中庭に出ると、レンガの壁に影絵のライトアップ。椅子に座ってウットリ見る。そしてこれからダンスが始まる予感……明日は『ひいくんのあるく町』上映あるのでここは俺は帰ります! もう午前1時、みんなはいつ寝てるのですか? 12本ほどの映画を浴びるようにみた映画祭2日目が終わった。

おおきなレンガの建物映し出される大規模な影絵。

映画祭3日目

映画祭3日目、連日とてもいい天気で有難い。午前8時、少し早く起きてひとり街を歩いた。今日の午後はいよいよ『ひいくんのあるく町』上映で、ワクワクしている。フランス語タイトルは『Les routes qu’il parcourt : une histoire de He-Kun』。

午前のエンサヴ学生作品の上映は、いわゆるクリエイティブドキュメンタリーではなく、記録映画的な作品だった。トゥールーズにある博物館の歴史ドキュメンタリー、フランスの牛の種類やその性質を描いたドキュメンタリーなど、ディクショナリー的な映画という言い方をしていたと思う。エンサヴではそういった文化記録映画的なアプローチの作品も作る。幅広くやってることがよくわかる上映だった。

お昼ごはんは島田監督と2人でキャピタル広場前のレストランで。日向が暑いので涼しい席を探したいが「日陰の席ありますか?」の質問が2人とも言えず、まぁ暑いけどここで良いかとなり席に着く。恩師の島田監督と二人きりでゆっくり食事したことがあまりなかったので、卒業後のこと、そしてこれからのことをゆっくり相談することができて、とても充実した時間だった。

午後イチバンはついに『ひいくんのあるく町』の上映。40人くらいの来場者で嬉しい。島田監督と僕は上映前に一言挨拶をした。何を言おうか考えていると通訳のさやさんが「ボンボヤージュって言ったらいいんじゃない?」と、それはいいですね。映画は旅行、フランスのトゥールーズから日本の小さな町への旅行のようなものだ。

『ひいくんのあるく町』上映終了。他の作品の多くもそうであるが、ここでもものすごく大きな拍手をもらう。映画が届いていたことを実感し震える。感想と質問を受ける時間が長く続く。

印象的だった感想は、
「フランスの地方のスーパーに取り込まれ衰退していく状況と似ている」
「厳しい現実を監督はポジティブに描いていた」
「スタッフと対象者との信頼関係が見えた」
「私の祖父を思い出した」
「映画に登場する正輝叔父さんが、ひいくんの亡くなった父の和彦さんと同じ存在に見えた」など。

印象的だった質問は、
「質感が印象的だが何のカメラを使っていた?」
「ひいくんとの関係はどう築いた?撮影期間は?」
「クルーは何人?」「ナレーションの授業があるのか?」など。
技術的な質問が多く、さすが作る姿勢で見ていることがわかり面白い。
なにより、映画によって観客である多くの学生たちと私たちの距離がグッと縮まったことがわかり興奮した。

島田隆一監督からは日本映画大学の紹介。多くの人が今村昌平監督を知っていた様子だった。質問も飛び交う。「大学では何を教えている?」
「大学の学費は?」「学生は年に何本作られる?」など。

日本に多くの映画学科ある中、唯一といえる特色の一つにドキュメンタリーを専門的に教えてるということ島田監督は話をしていた。皆が興味深く聞いていた。

日本映画大学の学生作品1本目が無事終了。 大活躍してくれた通訳のさやさんと新たに通訳として参加してくれたみえこさんと、軽くお疲れ様会をする。日本を離れてしばらく経つみえこさんは、故郷の風景を思い出して泣きそうになったと言ってくれた。

上映後の中庭でも学生が何人か来てくれてフランス語で感想をくれる。言葉はわからないけど映画の上映後だと言ってることがなんとなくわかることが不思議で、とても嬉しかった。

右から島田監督、通訳のみえこさん、さえさん。

日本映画大学の卒業制作作品『ひいくんのあるく町』『交差』へフランス語の字幕入れをしてくれたジョン先生にもご挨拶。映画がみんなに届くことができたのは、彼の的確な字幕入れがあったからこそだ。普段のジョン先生もとても気さくで優しくて温かい、あなたに字幕を入れてもらえて幸せ、ありがとうと伝えた。

イタリア映画学校CSCのフレデリコを発見したので通訳の方にお願いして話を聞く。まずは端的に「あなたの映画面白すぎ! 話を聞かせてください!」とざっくりと。デパルマやヒッチコックの名前が飛び交いながら、イタリア独特の気持ちの良い話のリズムで、映画に対する姿勢の話からお金の話まで、ざっくばらんに話をした。

 フレデリコは17歳から映画を撮りまくってた映画少年で、イギリスの映画大学をでた後、自身のルーツである故郷イタリアのCSCに入学。彼は映画における全部の役割をやりたい性格であり既にその術は知っていた。CSCでは技術的なことよりも、一歩引いて、自分のやりたいことどのように持っていけばよいか、チームワークの方法を学んだそうだ。俳優やスタッフを導くため、客観性を大切にチームがうまく行っているかどうかチェックすることの重要性を学んだと。

 映画学校の先生と意見がぶつかるとき、どうするか聞いたら。フレデリコは「自分の納得してる点だったら話し合う。先生たちはシナリオのプロなので言われるアドバイスを受け入れることが多い、もちろんそうじゃない時もあるけどね」と。

フレデリコの映画学校(CSC)はロッセリーニ、ストラーロ、アルメンドロス、増村保造も卒業生とのこと、(他にも名前出てたが私の無知...…)CSCは世界で最も古い国立映画学校の 1 つで、映画に関するすべての分野における教育、研究、実験に最も適した場所ということだった。

夜の上映は、ブラジルの芸術大学Escola de Comunicaçoes e Artes da Universidad (ECA)の3本を鑑賞。 1本目はワンカットの作品。サンパウロの夜の路上を舞台に男友達と別れたばかりの女性がひとりで家に帰る200mほどを映したワンカットの事実に基づいて作られたフィクション。家路の途中で男に襲われそうになる女性は、運よく警察を見つけ男を捕まえてもらう。警察は男に暴力を与え連行しようとするが、女性は思い直して「そこまでしなくても…」とスマホカメラを起動して暴力の現場を撮影しながら、警察をなだめる。警察は女性に近寄り「ビデオを消せ」と迫る、その隙に男が逃げ出すが、すかさず警察は男を銃殺。それを撮影していた女性は、警察に口を塞がれ連行されていく…という話。非常に絶望的な話だが、現実に起きたいくつかの事件を組み合わせてシナリオ書いた作品のようだ。ワンカットということもありとてもスリリングな作品であった。

 上映後の学生の感想がとてもよかった。
「こういった作品を作ることに腹が立ちます。ブラジルの作品はいつもこうして女性の絶望を映画として面白く作る。これを作ることに何の意味があるのですか。」

 監督が不在なのでブラジルのクリスティン先生が答える。
「この映画は現実に起きた事件を組み合わせてシナリオに書いています。現実を見せることによって、苦しみを外に出すことで発散できることもある。一方で私もこの映画をみてフラストレーションを感じます。」
女性の学生の怒りの発言は映画がもつ暴力性を自覚できるとても大事な場面だった。私は自覚できない暴力性をそれでも自覚しようとすることをあきらめないで、それでも頑張って表現することを選べないかと願った。

熱弁するブラジルのクリスティン先生。

ブラジル芸術大学(ECA)の卒業生代表として来ているビクトリア監督の映画は三作目。ブラジルの軍人とレズビアンの娘の話。娘が強姦に襲われても大事にしない父。父の制服に血がついているの発見する娘。レズビアンの娘の彼女、二人の幸せな時間。二人の生活の愛おしさと、暴力が隠蔽される日常がオーバーラップして、生きることの切実さを真摯に描いてた傑作だった。作中では、水の表現がとても印象的だった。娘のキャラクターとして水泳の学生選手という設定が効いていて、水の「美しいが呼吸ができない存在」という性質がそのまま娘の日常と重なり、化学反応を起こしていた。僕も思わず感想と質問をした。

ビクトリア監督『Como respirar fora d’agua』の一場面
ビクトリア監督とクリスティン先生の上映後スピーチ。

青柳「なぜ彼女を水泳の選手にしようと思ったんですか?」

ビクトリア「典型的なキャラクターがあれば社会的な部分につなげられる。最初、娘を体育の選手にしたいと考えた。父親は軍人であるから、父親も軍隊の養成学校で水泳をやっているはずだ。そしてまた軍人で娘である彼女にも水泳を習わせるのは一般的なことだと考えた。そして、水泳がグループではなく個人競技であることも大切だった。個人競技は、個人の内面世界に入りやすい。またレズビアンを描くというテーマであったため、スタッフは全員女性で撮影した。総勢スタッフ4人“楽ではなかったが4人で一緒に、コンセンサスをとりながら制作することができた”」と語っていた。

すべての上映が終わり、中庭では今夜もダンスパーティは続く。
今日も朝から晩まで疲れた、ダンスは明日の最終日に取っておこう。3日目終わり。

映画祭4日目

4日目の午前中は帰国のためのPCR検査のためトゥールーズ郊外のラボラトリーへ。日本指定の陰性証明書にハンコをいただいて、ひと安心。事務的なやりとりはすべて日本人通訳のみなさんに手伝っていただいた。こういった現地での地味な手続きは実はとても難しい、本当に救われた気持ちで、再びエンサヴに戻る。

エンサヴ近くのレストランで先生方とランチ。白ワイン、プチパンケーキとサラダ、ポークステーキ、とても贅沢な料理を堪能する。これぞフランス料理、どれもすごく美味しい。

ブラジル芸術大学(ECA)のクリスチャン先生とビクトリア監督といろんな話をしながら食事をする。たわいもないお互いの故郷の話など楽しくおしゃべり。

ビクトリアが「フィルムイズカモンラングエイジ」と言っていたことが印象に残っている。映画は世界共通言語、よく聞く言葉だけど、「カモンラングエイジ」という響きが新鮮だったことと、こうして同世代の映画人と自分たちの映画が確かに伝わり合えたことを実感できたことが、その言葉の真実味が強く体に染み込んだ。それをお互いに確認し合えたことがこの上なく素晴らしく、映画を作ってよかったと思える感動的な時間だった。

いつものように自撮りでみんなを撮影したら、ビクトリアが「タクが入ってないじゃん、私が撮るよ」的な感じでカメラ取られて撮ってくれた。うまい。『東京自転車節』で培った私の自慢の得意技だったのだが、抜けの先生方まで全部とらえている。さすがビクトリアさん。

午後の上映開始時間はすでに30分過ぎているが、ここでデザートが届く。
みんなもそうしていいるから私もゆっくりデザートを味わう。フランスの方々は時間がルーズだ。

午後は日本映画大学の卒業制作2本目、大引勇人監督『交差』の上映だ。

 上映前には島田監督が大引監督から預かったメッセージを丁寧に読む。 日本は死刑制度がある数少ない国。撮影の数年後には加藤智大の死刑執行されたこと、それを踏まえて鑑賞スタート。

大引勇人監督『交差』のメインビジュアル。フランス題は『Le carrefour』

上映前に島田監督が、大引監督のメッセージを読み上げる様子。

『交差』上映終了。大きな拍手に包まれた。

当時この作品の担任であった島田監督が前に立ちQ&Aを受ける。
「フランスのドキュメンタリーはボイスオーバーがよく使われるが日本は字幕が多い、それは一般的か? 」
「この映画は日本のどんな場所で上映されたか?」など
「『ひいくんのあるく町』と作り方が似てる」という感想もあった。

島田監督の言葉が印象に残った「日本で僕たちが学生に言うのは、なぜこの人を撮り、なぜこの表現を選び、なぜ自分が聞くのか、常に自分は何者なのかという問いをしている」というお話。大学時代にも島田監督はおっしゃっていたが、改めて大切なことだなと思う。

 他にも、学生と島田監督の間でシネマヴェリテやダイレクトシネマの話など難しい映画用語が飛び交っていたが、下手なことは言えないので飛び交っていたとだけ。どうかお許しください。

『交差』の上映後。学生のヴァイオレットさんがきてくれて「『交差』はドンスな映画で深く入り込むことができ好きな映画でした」と真剣な表情で感想をくれた。「ドンス?」と通訳のみえこさんも一瞬翻訳に迷っていたけど、たぶん「濃厚な」が近いらしい。

右から島田監督、通訳のさえさん、ヴァイオレットさん、私

全ての上映が終わりひと安心。外ではたのしくドッチボールをする学生たち。無邪気にやっている。いろいろ勉強させてもらえたけど、こういう姿をみると日本の学生とあんまり変わらないことに気づく。

常に気を張っていた気持ちが緩んだからなのか、私の体調が悪くなり始める……。島田監督や先生方と話し合い、「今日は帰って安静にしてなさい」ということになってしまい、少し早めにみんなにお別れをして帰って寝ることに。もっともっと話したかったし、疲れを忘れるほどダンスパーティーもしてみたかった。でもこの体調じゃきっと楽しめないからあきらめて帰ることにする。学生のみんなが送ってくれて、涙の別れ。でも大丈夫! また映画を通してあおうね!

トゥールーズ学生映画祭『Corrida Audiovisuelle」(改め『Corrida EN LUTTE』)での経験は、映画祭の中身だけでなく、政府への抗議が広がる現地の雰囲気や他国の映画学校の取り組みや映画に対する情熱を肌で感じることができる学びのあるすばらしい機会でした。

ぜひ、またこういった国際交流の機会を、今度は他の在校生や卒業生にも体験してもらえるといいなと思います。

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