ロケーションに肉付けをする場合もあります。洪水のシーンを撮るなら、ふつうの川を洪水にする仕掛けを考える。何人のエキストラが、どういう服装をしているのか、何が流されてくるのか、パトカーや救急車は何台あって、どういう動きをするのか……。演出部との打合せ前に、それらを考えて構築します。
予算やスケジュールの制約から、CGを使うことが決まっていたとしても、完成予想図は最終的に美術部が描きまとめるものになっています。いまやCGは美術と切っても切れない関係。同類の仕事です。
すべてのシーンをイメージした時点で、監督、撮影、照明などのパートと総合打合せをします。そこでは自分が思い描いたものが100%通るとは限りません。監督のイメージとずれることもあれば、予算の都合でプロデューサーから「無理!」と言われることもある。
そこで説得をするのか、方針転換をするのか。お互いの意見の間を取ると、まったく面白くなくなることも多い。映画美術が奥深くて、面白いところです。
毎回違う仕事を
している感覚
大道具の用意や塗装に始まり、小道具を配置し、飾りを施し、場面をつくりこんで、そのあとに照明部や録音部、演出部がそれぞれの仕事を準備していく。現場で自分たちがつくったセットに照明が当たった瞬間、「やっと撮影ができる」とうれしくなります。
クランクインしてから変更を余儀なくされることも少なくない。一冊の本であっても、人物の右側に置くか、左かで、芝居は変わるし、映り込む背景も変わってくる。「美術も演出している」とはこういうことです。
ずっと撮影現場に留まるわけにもいかず、次のシーンの準備に追われる毎日。自分が何人もいたらいいのにと思うことも多々あります(笑)。
映画美術の仕事は、多少ノウハウや技術があったとしても、毎回違う仕事をしている感覚です。同じ台本であっても、演出家が変われば、美術のつくり方、考え方も変わってくるから。いろいろな演出家やスタッフと組むことで、刺激をもらいながら世界観を構築できる。それが美術監督の醍醐味なのかもしれません。
あらゆる事象への好奇心が
「映画の嘘」に生きてくる
デザイン画を描く技術よりも大事なことは、文章やシナリオを具体的にする想像力。そして、それをスタッフに対してどう表現するかというコミュニケーション能力が問われます。
また、直接関係ないように思えることも、すべて役に立つのが映画づくり。とくに美術監督には、この世界に存在するすべてのものに対する好奇心が、無駄にならないどころか、逆に必要なんです。
動植物の名前、素材の特徴、国内外の歴史、食べ物、衣類、住居、乗り物……。「なぜ?」「なんでこうなっているの?」。すべてを知るのは無理ですが、好奇心が旺盛であることに越したことはありません。
いまはインターネットである程度はこと足りますが、実際に足を運んで調べた方が、奥深くなるし、意外な発見があり、いい刺激が生まれますし、理想の仕事です。ネットでの調べものより、足で稼いだ知識の方が格段にリアリティが生まれる。本物を知った上で、「映画の嘘」をつく。そこが映画づくりの面白さです。
美術監督に向いているのはこんな人!
コミュニケーション能力が高い人
映画づくりは共同作業。コミュニケーション能力が求められます。デザイン画を描かず、卓越したコミュニケーション術で美術監督をやっている方もいるくらいですから。
自分のイメージを具現化したいだけなら、誰にも邪魔されずにコツコツとつくる芸術家になった方がいい。
[photo]野口博(フラワーズ) 初出:FULLSIZE vol.2(2010年2月取材)。FULLSIZE’(2016年発行)に転載した記事を再構成