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録音

藤本 賢一

fujimoto kenichi
録音は演出も考えないとダメ

映画における重要な要素、〈音〉。
現場、そして編集後のスタジオで、
その要素をすべてコントロールする
録音という仕事。
『八日目の蝉』『永遠の0』で
二度の日本アカデミー賞
最優秀録音賞を受賞した藤本賢一さんに
仕事の奥深さを聞いた。

プロフィール

藤本 賢一

fujimoto kenichi

日本映画学校第1期録音コース1989年卒。フリーの録音助手を経て、『タイヨウのうた』(06)で技師デビュー。『八日目の蝉』(11)、『永遠の0』(14)で日本アカデミー賞最優秀録音賞を受賞。『半世界』(19)で第74回毎日映画コンクール 録音賞を受賞。

【おもな作品】
『八日目の蝉』(11)
鍵泥棒のメソッド』(12)
映画 鈴木先生』(13)
永遠の0』(13)
『ソロモンの偽証 前篇・事件/後篇・裁判』(15)
TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』(16)
海賊とよばれた男』(16)
DESTINY 鎌倉ものがたり』(17)
半世界』(19)
アルキメデスの大戦』(19)

近作情報

  • 52ヘルツのクジラたち


    監督/成島出 原作/町田そのこ 出演/杉咲花 志尊淳 配給/ギャガ (24/日本/136min)
    東京から海辺の街へと引越してきた三島貴瑚。彼女は母親からムシと呼ばれ、虐待されている少年と出会う。貴瑚もまた少女時代に母親から虐待をされた過去があった……。本屋大賞を受賞した小説の実写映画化作品。
    全国公開中

    ©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

    公式HP
    https://gaga.ne.jp/52hz-movie/

高校時代は、文化祭の出し物として友人達と8ミリ映画をつくっていました。内容は、沼に人が落ちたり、友達がつきあってた彼女のお父さんのいらなくなった車にペイントして荒川に突き落としたり(笑)。

そんな感じで過ごしていたら、卒業が近いのに、進路が何も決まってなかった。そんなとき、ぴあに横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)の広告が載っていて、友人の萩生田宏治から「行ってみれば」と言われたんです。

「文化祭みたいなことがずっと続けてできるような学校なら、いいじゃん」と願書を取りに行きました。でも、事務のお姉さんから「もう二次募集で、家に帰って書いていたら間に合わないわよ」と言われたので、その場で書きました。

志望コースは、演出、脚本、テレビドラマゼミと上から3つを選んだんですけど、「そこの枠はもう空いてない」と。

「じゃあ、なんと書けばいいんですか?」と聞いたら、「録音とドキュメンタリーと書いておきなさい」と言われました。だから、僕の人生は事務のお姉さんが決めたんです(笑)。この話を人にすると、だいたいがっかりされます(笑)。

「顔をつぶすわけにはいかない」
助手として現場に行きました

日本映画学校はほかの学校に比べて、プロの現場に軽く窓口が開いているんです。在学中は連続ドラマの現場へ手伝いに行ってました。

学校では友達同士だから、音を録るにしてもすべて対等。でも、プロの現場では、「もう音なんていいよ」と言われる場面もあったりする。それに対して「何言ってんの?」と思っても、上の人間から「いいよ、藤本」といさめられる。

そんな現場、面白いと思うはずがないですよね。だから、プロの現場に行くたびに、「学校生活はいい思い出にして、違う職業につこう……」と(笑)。

そんななか、師匠である本田孜さんに出会ってしまったんです。きっかけは、日本映画学校に実習の指導で来ていた横山博人監督が、紹介してくれて、挨拶したことからでした。そこで本田さんからいきなり「明日からマイクをつくってみますか」と言われました(笑)。

空気を読んだ結果、
ふたたび現場へと

こっちはもういい思い出にしようと考えているのに、横山監督はニコニコしながら「(本田さんが誘ってくれてるんだから)やってみろ」という顔をしてるわけですよ。そのムードは察することができたので、「はい、お願いします」と現場に出たわけです。

そのうち僕は本田さんの事務所に出入りするようになって、ほかの技師の方たちからも「次はオレの作品に来い」と。僕の選択は何もないまま割り振りされて、何の疑問も持たずに続けていた。そして、いまがあるわけです(笑)。

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※当時と違い、現在の日本映画大学では、
 コース名称と内容が変わったり、
 開講されていないコースがあります。