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脚本家

足立 紳

adachi shin
自分の想像を
超えていたときの興奮

映画をつくる上で
最初に必要な設計図であり、
撮影中もスタッフ全員が
肌身離さず持ち歩くもの、
それが脚本。
『百円の恋』で日本アカデミー賞
最優秀脚本賞を受賞、
『14の夜』で映画監督デビュー、
以降、様々な作品を手がける
足立紳さんの仕事の醍醐味とは?

プロフィール

足立 紳

adachi shin

1973年鳥取県生まれ。日本映画学校第7期 演出コース1995年卒。助監督を経て、01年に村本天志監督の『MASK DE 41』で脚本家としてデビュー。12年に『百円の恋』が、第一回松田優作賞を受賞。15年に映画化され、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本、第17回菊島隆三賞を受賞した。16年に『14の夜』で映画監督デビュー。19年、『喜劇 愛妻物語』で第32回東京国際映画祭 コンペティション部門最優秀脚本賞を受賞。

【おもな作品】
キャッチボール屋』(05)
百円の恋』(14)
お盆の弟』(15)
『14の夜』(16・監督も)
嘘八百』(18)
志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(18)
きばいやんせ!私』(19)
こどもしょくどう』(19)
嘘八百 京町ロワイヤル』(20)

最新作

  • 喜劇 愛妻物語

    喜劇 愛妻物語



    監督・原作・脚本/足立紳 出演/濱田岳 水川あさみ 新津ちせ 夏帆 配給/バンダイナムコアーツ キューテック (20/日本/117min)
    足立紳の初小説「乳房に蚊」を、自ら映画化。売れない脚本家の豪太のもとに、執筆の依頼が舞い込む。妻とは倦怠期の豪太は、取材旅行に家族を連れて行き、夫婦仲を修復しようと試みる……。第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞受賞。20年 9/11〜全国公開

    ©2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会

もともとは脚本家志望ではなかったんです。漠然と映画の仕事をしたいと思って上京しました。当時は俳優と監督ぐらいしか思い浮かばなくて、日本映画学校(現・日本映画大学)の演出コースに通いながら、夜は俳優の学校にも通っていました。

中学生ぐらいのときに、親が「こんな学校がある」と、日本映画学校の存在を教えてくれたんです。受験をしたら受かったので、浪人するのもなんだなということで入学しました(笑)。授業は割と出ていましたが、ドキュメンタリーには興味がなくて、あまり授業に出なかった。いま思えばしっかりやっておけばよかったと思います。

プロの現場に出れば
こういう厳しさがあるんだろう

入学してすぐに農村実習がありました。とてもつらかったですね(笑)。まだ周囲とも友達ではなかったですし、各家庭に2、3人割り振られるんですけど、僕のところだけひとりでした。

しかも、行った先が本当に手伝いを必要としている農家で、ものすごくこき使われたことを覚えています(笑)。でも、3年間とても楽しかったです。

2年のとき、500フィート実習の指導講師が佐藤武光さんだったのですが、授業に遅刻したときは、むちゃくちゃ怒られました。業界では、おっかないことでは有名な人なんです。体育会系の部活をやっているんじゃないかと錯覚するような厳しさでした。でも、おそらくプロの現場に出れば、こういう厳しさがあるんだろうなと思いました。

シナリオを書くことが
近道ではなかった

卒業してすぐ、佐々木史朗さんの事務所に連れて行かれて将来のことを聞かれたんです。「助監督をしてみたい」と言ったら、「誰につきたいのか?」と聞かれて、大森一樹監督のファンだと言ったら、その場で電話をしてくれました。でも新作のクランクイン直前で、そこからついても勉強にならないということで、その話はなくなりました。

それから数ヶ月後に、また史朗さんから電話がかかってきて、「相米(慎二)が若い奴を探している。一度会ってみないか」と言われて、相米さんと会ったんです。映画をすぐに撮るわけではないけど、1年間ぐらいついてみないかと言われました。

僕は相米フリークではなかったですけど、それも正直に話したら「オレの映画なんか好きな奴じゃない方がいいんだ」とおっしゃって。「月にいくらあれば生活できるんだ」ということも聞かれ、相米さんから直に給料をもらうカタチでみたいなことを始めました。

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※当時と違い、現在の日本映画大学では、
 コース名称と内容が変わったり、
 開講されていないコースがあります。