──経済的な安定を求めたところもあったのでは。
フリーのときは、たとえばCMのメイキング映像では自分でカメラも回すし、編集までやったりもする。そのときの方が意外に稼ぎはよかった。でも便利屋として使われている感覚があったので、それを変えたいと思ったことも入社した理由のひとつです。
以前より仕事ができるようになった、結果も出している、なのになんで稼げないんだろう、というモヤモヤは常にありました(笑)。
SNSから切り拓かれた
映画監督への意外なルート
──そこから『ボクたちはみんな大人になれなかった』にはどうつながるんですか?
NTTドコモの『3秒クッキング』というCMがカンヌの広告祭で賞をもらったことをフェイスブックで告知したら、「一緒の学校だった者です」といって同期生の山本プロデューサーが連絡を取ってきたんです。
学生時代は顔を見たことがあるくらいの関係だったんですが、「一度食事でも」ということになって、そのときに「映画をやりたい」という話をしました。するとその1年後くらいに「深夜ドラマがあるけど興味ない?」と連絡をもらった。それが『恋のツキ』です。
これがある程度評判がよくて、その流れで「映画の企画を」と。山本さんは原作者の燃え殻さんから映画化の相談を受けていたみたいで、僕が監督として紹介されました。
──トントン拍子じゃないですか。
そう聞こえるかもしれないですけど、道のりはそんなにいいものではなかったと思います。映像ディレクター業以外に切り換える脳みそがなかっただけで、猪突猛進でやってきた結果なんです。
もう1回、あの道を歩けと言われたら、歩ける自信がないというか、戻りたくない。わりと泥水をすすってきた口だと思います(笑)。
──孤独な戦いの果てにたどり着いたと。
ずっと疎外感がありました。映画業界にいたときはあまりできるタイプではなかったし、CM業界に入ってみると、美大で広告の勉強をちゃんとやってきたエリートがひしめいている。愛される場所にいない感覚の連続でした。
企画段階と仕上げの作業では
純粋なクリエイティブを発揮できる
──映像ディレクター、監督業の醍醐味をお聞かせください。
僕らの仕事って極論を言うと、情報をどう集めてどう伝えるかってことに尽きます。相米さんの作品のように魔法がかかる瞬間もあるけれど、基本は情報をちゃんと整理することが必要です。
映画の現場は「芝居だ芝居だ」って感じになりがちなんです。もちろん芝居は大事なんですけど、人に伝わるように撮らないと意味がない。伝えるための創意工夫はもっとできるはず。その構築はすごく楽しいし、それがモチベーションです。
──とくにテンションが上がる行程は?
企画や脚本をつくり出すところと、編集、仕上げが、一番クリエイティビティが高い作業だと思います。
撮影は楽しいですけど、現場って折り合いをつけないといけないことが多い。たくさんの人と関わることでいいこともある反面、捨てなきゃいけないこともいっぱいある。
それに比べると、最初と最後はわりとシンプルな状況になるんです。種が生まれるときとアウトプットするときがつくり手として一番楽しいです。
オススメ! この1本
リアルなお葬式とセットでの体験
『お葬式』
1年生のときに「とりあえず観ろ」という感じで観てみたら、すごくおもしろくって。
ところが、その翌日に僕のおばあちゃんが亡くなって、映画を観た感覚をひきずったままリアルな葬式を迎えることになった。泣いている人もいれば、なかには笑いながら料理をつくっているおばちゃんもいたりする。
フィクションと現実が地続きになっている感覚を生々しく経験しました。映画って奥深いなと感じましたね。
[photo]久田路 2022年2月に行ったインタビュー