──「向いていないかも」という心境からどう脱したんですか。
『ONE PIECE』の『ワノ国編』が始まったとき、長峯さんがシリーズディレクターに加わったんです。長峯さんは「自分の好きなことをやっていいよ」と言ってくれて、そこでばーっと光が差し込みました。「この人がいるんだったら、怒られてもいいからやってみよう」と。
たとえばアニメーション制作には予算もあるので、もちろん作画使用枚数にも制限があります。アクションの動きをちゃんと表現しようとすると、それでは足りないことが多いんです。昔はパンチした絵をトラックバック、つまりバッと引いて「パンチしました」という見せ方をしていたけれど、多用し過ぎていてインパクトがなかった。「もっと具体的にパンチを描こう」とやってみたら、想定枚数をはるかに超えちゃったんです(笑)。
その反省で、枚数に頼らずに、自分が手がける作品をよりよくするにはどうしたらいいんだろうと考えるようになりました。
──そうなんですね。
心象風景を描くときに、ノーマルな色遣いのなかに奇抜な色味を差し込んで、鮮烈な印象を与えるようにしてみたり。
賛否両論がありますけど、「この回だけ変わっている」という評価もいただけました。躊躇せずにやってみたことで個性が立ったというか、作品のカラーが際立って、結果的によかったと感じています。
──そういう工夫がシリーズディレクターへの抜擢につながったんですね。
抜擢の理由は聞いていないですけど、とんがっている人が上に立つと現場が回らなくなると思うんです。そもそも28歳で入ると、先輩が22歳だったりする。仕事の仕方も知らないので、22歳の人たちから謙虚に教わるしかないですよね。上から目線みたいなものは一切持たないようにしていました。
一工程に何十人もの
スタッフが関わる現場だから
──アニメーション監督の醍醐味は?
ちょっとずれるかもしれないですけど、みんなが喜んでくれるところがいいなと思っています。SNSはもちろんですが、直接、「感動した」「泣きました」という感想に触れると、つくってよかったと心底思います。学生のときは「俺はこれを表現したい」というところから始まりましたけど、いまは「喜びを提供したい」という気持ちがまずあります。
──入社前、「歯車に」というが問いがありましたが。
いまになってその言葉の奥深さを知り得た気がします。
──歯車になったんでしょうか。
わからないです(笑)。ただアニメーションって、ひとりの芸術家がつくるわけではなく、色塗りも音づくりもあるし、一工程に何十人も関わる。それは工場というニュアンスとはまた少し違っていて、みんなでつくる要素が大きい。全体をうまく回すにはどうしたらいいのかという発想に立って仕事に臨んでいます。
アニメーション監督に向いているのはこんな人
まわりの価値観を汲み取れる人
大人数でつくるので、みんながついてこられるかどうかって部分は大事だと思います。自分のやりたい方向性をぶれずに持ちつつ、まわりを見て、ほかの人の価値観を取り入れることができる人は監督に向いているんじゃないでしょうか。
そのためには人と話すしかない。ふつうに話していれば、考え方が違うことに気づいたり、「こういうふうに考えているならこうしてあげよう」という発想になっていく。そういうコミュニケーションがあればあるほど、作品の内容やつくり方が豊かになっていく気がします。
[photo]久田路 2025年1月、東京都練馬区の東映アニメーション大泉スタジオで行ったインタビュー